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第3話
「そ、そうなんですか」
どうでもいい話題が、鈴木が関わっているというだけで特別なものに変わる。
澤野は俺が持つDVDをちらちらと見てタイトルを確認しているようだった。
バカすぎるほど健気な澤野に堪らず失笑すれば、不思議そうな眼差しを寄こされ、「いや」と首を振った。
「俺さ、映画って一人で見れないんだよな」
ケースを後部席に置き、ハンドルを握る。
「……なんでですか?」
「眠くなるから。面白いってわかっててもいつも途中で寝てしまうんだよな」
バカみたいだろ、と俺が笑うと、澤野もつられたように笑った。
「じゃあいつも誰かと一緒に見なきゃですね」
「ああ、そうなんだよな。でも―――」
だがまだ車を発進することはなく、どうでもいい嘘にため息をのせながら澤野を見る。
「わざわざ誰か誘うのも面倒くさいだろ? 俺みたいなやつが途中で寝そうだから起こして一緒見てくれ、とかさ」
普段よりも多少饒舌に喋りかけていた。
澤野にとって俺とのこの会話は弾んでいると受け取っているのか、どうなのか。
いまだに車が動いていないことに相変わらず不審がる様子もない。
「うーん……そうですね」
俺の言ったことを考え、そして苦笑した澤野は、
「えっと……彼女さんとかと一緒に見るとか」
と、提案してくる。
「いない」
「そうなんですか?」
「ああ。別に映画なんてどうでもいいんだけど―――、鈴木がね、大好きで一押しだから見て見ろってうるさくってさ」
そうして再び鈴木の名前を出せばその表情にすぐ反応を現す。
後部席に置いたDVDを気にしているのが見て取れた。
きっと鈴木の好きな映画なら、見たいとでも思ってるんだろう。
帰ってレンタル店にでも行くか?
「週明けに話したいから土日のうちに見てろとか言ってさ。あいつ意外に横暴だろう?」
大好きな鈴木先生の話を振ってやれば、はにかむような笑みを浮かべ、「そうですね」と返してくる。
そんなに好きか、と聞きたくなる。
どこがいい、と聞きたくなる。
ほどほどに爽やかで気軽でバカっぽいところ?
ただのバカだろ、あいつ。
「同期だし"仲良い"から、俺もあいつの好きなもんなら見ておきたいけど―――……。なぁ?」
困った顔を作って苦笑して見せれば、澤野も同じように眉を下げた。
己の猿芝居に笑いそうになりながら、さも"思いついた"というように澤野へと身を乗り出した。
「そうだ。澤野。お前、明日暇じゃないか?」
「……え?」
「いや、よかったら一緒にあれ見ないかなと思ってさ」
後部席を指さすと、澤野の視線がDVDを捕らえ、そして俺に向いた。
さすがに思ってもみない誘いだったのか戸惑いが浮かんでいる。
大きな目を何度もしばたたかせて俺を見ていた。
「え……、あの」
「俺が映画最後まで一人じゃ見れないダセェ理由知ってるのあんまり居ないんだよな。澤野にはいまちょうどばらしたし、ちょうどいいかなって思ったんだけど……」
澤野は困ったように視線を揺らしていた。
「あ、用事ある?」
「……いえ、そうじゃないんですけど」
「なら、いいか?」
「えっと……あの、でも」
「なに?」
躊躇うのは当たり前だ。
こいつと俺は教師と生徒。
友達じゃあるまいし、学校外で会う約束を簡単にできるはずがない。
大人数の生徒たちと教師がそこに保護者的に加わるならまだしも、一対一。
プライベートで遊ぶ、会うなんていうことが生徒を贔屓していると穿った見方をされないこともない。
なんにしろ普通ならありえない、誘い。
なにも考えてないやつらならあっさり了解するかもしれないが、生真面目なこいつが素直に頷くはずもない。
「あの」
「ああ、ごめんな。俺とわざわざ学校外で会うの面倒臭いよな」
断られるのはわかっている。
だが、こいつが断るということに労力を要することも、わかっている。だからさらに、マズイよな、ではなくあえて違う言い方をする。
わかっていないふりをして、追い込む。
「……そういうことじゃ……」
落ち着きなく視線をさまよわせて澤野は声をしぼませた。
どう説明すればいいのか、断ればいいのか、幾度も開いては閉じる唇が思案していることを伝えてくる。
「……お前よく放課後来るだろう、準備室に。それで鈴木と俺と良く喋ることが多いからさ。鈴木のお気に入りを一緒に見ていれば週明け、鈴木と三人で話せるかな……って思ったんだけど」
あと一押し、と澤野の大好きな"鈴木先生"の名前を連呼してやった。
バカ正直に澤野の表情がまた変わる。
迷い、どうしようか、と、俺の提示した案に惹かれ顔を俯かせている。
「―――悪かったな。なんか変な頼み事して。いい歳した男なんだから一人で観ろって話だよな。もう……」
「あ、あの、先生」
押してダメなら引く、なんていうベタな手。
だが、そんな手にこいつは簡単に食いつく。
「僕……、見てみたいです。……えっと……一緒に見させてもらってもいいですか?」
「いいのか? 無理しなくてもいーんだぞ」
「大丈夫です」
「そっか? じゃあ―――……」
車をようやく発進させ、明日の約束を取り付ける。
午後一時半。
家の近くまで迎えにくると言うと、予想通り澤野は激しく手を振って遠慮した。
それを、明日は学校で昼過ぎまで仕事するから、そのついでだと言って強引に納得させた。
澤野の家まで車でほんの2分程度。近すぎてあっという間に着き澤野は車を降りていく。
「ありがとうございました」
「いや。じゃあ、明日な」
「はい」
さっきまで戸惑っていたわりに笑顔で頷き澤野は頭を下げた。
それに軽く手を振り、再び車を発進させた。
サイドミラーで澤野が家に入って行くのを確認し、帰路につく。
空には満月が浮かんでいた。
少し雲が多かったが、晴れた夜空は明るく輝いていた。
翌日、雨が降ることなどまったく匂わせもせずに。
***
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