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第4話

澤野遥を初めて見たのは2年前だ。 まだ澤野―――……遥が中学3年生のとき、模試でうちの高校に来ていたのを観たのが最初。 いまでさえ幼いのに、当時はもっと幼く少女のようにも見えた。 そのときたまたま少しだけ話した。 ただ―――それだけ。 他にはなにもない。 春になり入学してきた遥の担任は鈴木で、俺は違った。 それだけ、だ。 放課後、週に何回か準備室へ来るようになり挨拶くらいは交わすようになった。 そしてまた春が来て、今度は俺があいつの担任になった。 放課後、週に何回か準備室へ来るのは変わらなかった。 あいつと鈴木の接点はなくなってしまった。 だから―――放課後の勉強が例えそれが俺を通してであってもあいつが鈴木と会えるわずかな時間だったからだ。 ただ、それだけ、だ。 何年経とうが俺の位置は変わらない。 *** 「雨、ひどいですね」 唸るような風が吹いているのが窓越しでも室内に響いていた。 雨音も強く時折窓が揺れている。 安いアパートの俺の部屋の窓はそう耐久性もなく雨戸もない。 不安定に揺れ天候の悪さをそのまま伝えてくる。 「……そうだな」 明るいよりも、暗い方がましか? まるで夜のように外は暗く、室内も電気をつけてはいても微かに暗い。 1LDKの室内。リビングにはテーブルと二人掛けソファとテレビと背の低い本棚。 俺はソファーの下に座り、遥は向いに座っていた。 「美味しい」 淹れてやったココアを暖をとるように手にし、頬を緩めて飲んでいる。 「先生も、ココア好きなんですね」 「……ああ」 別に好きじゃない。 基本甘いものは食さないし飲まない。 それでも今日それを用意したのはこいつがココアを好きだからだ。 テレビをつけ適当にチャンネルを変える。 サスペンスドラマの再放送があっていてそれに合わせた。 部屋の中は雨音とテレビの音だけであとは静かだ。 ココアを飲んでいた遥は次第にテレビを眺めている俺へとちらちら視線を寄こしてきた。 映画はみないのか。 そうその眼差しが言っている。 「……澤野」 「はい」 「お前、このドラマの犯人知ってる?」 「……いえ」 「じゃあ悪いけど、犯人わかるまで観ていいか」 「……はい」 本当は犯人なんてどうでもいい。 落ち付かなさそうに、それでも仕方なさそうに遥もまた俺と同じように興味なくテレビを観はじめる。 面白くもないサスペンス。 きまりきった道筋、犯人。 どうでもいいが―――犯人が捕まらなければいいのに、とも思う。 途中から観はじめたそのドラマは30分ほどして犯人が割れた。 会話はなく、やはり室内にある音は雨とテレビの音だけ。 やがてエンドロールが流れ出し―――遥が言った。 「……あの。映画、観ます?」 こいつなりに勇気を出して話しかけたんだろう。 目的は最初から鈴木が貸してきたDVDを見ることで、無為にテレビを見るためじゃない。 それでも俺の指はリモコンを操作しチャンネルを変える。 「……先生?」 戸惑ったように遥が俺を見、俺はテーブルの上に置いていたDVDケースを手に取った。 「見るか」 「はい」 ほっとしたように遥が頷く。 俺はケースからそれを取り出し緩慢な動作でDVDプレーヤーにセットした。 ほんの微かにDVDを読み込む機械音が響く。 テレビの出力を変える。 そして―――始まる。 馬鹿げた、ゲームが。

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