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第19話

日曜日、先生が迎えにきたのは10時半頃だった。 僕はすでに用意を終えていて、家族には友達の家に勉強に行くと言っておいた。 昨日行かないと言ったことを先生はどう思ってるんだろう。 電話ではなにも言われなかったけど、今日会ったときなにか言われるんじゃないか。 不安と、いつもある恐怖とに緊張しながら近所の公園で待っていた先生の車に乗り込んだ。 「……こんにちは」 挨拶をした僕を先生は一瞥しただけで、なにも言わずに車を発進させた。 僕はどんな態度を取ればいいのかわからずに、もう見慣れた先生の家までの風景を眺めていた。 いつもより数時間早いというだけでなんとなく景色も違って見える。 やがて先生の家につく。 先生が鍵を開けて入って、その後に続くんだけど、いつもその瞬間は足が竦んでしまう。 ギュッと一瞬目をつむって、息を止めて部屋に上がった。 先生は上着を脱いでソファーの背もたれに投げ掛けるとキッチンに入っていく。 来るたびにまず出されるのはココアだった。 甘くて大好きなココア。 だけど飲んだからといって不安や恐怖がなくなるわけじゃないし、逆にたいして喉も通らなかったけれど。 今日もまた同じように僕に用意されたココア。 甘い香りが湯気とともに漂っている。 ココアはいつも同じマグカップに入っていて、先生が手にしているのもいつも同じ。 リビングのテーブルに向かい合わせて僕と先生は座りそれぞれ飲む。 これまでと同じだけど微妙に違う気がするのは昨日のことがあるからなのか。 昨日断ったことにたいして先生はなにも言わない。 このまま何も言わないんだろうか? 熱いココアを冷ましながら飲んで、そっと先生の様子をうかがう。 先生は黙って飲んでいて―――ふと見えたマグカップの中身が僕のカップの中身よりも黒いような気がした。 あまりというより今日まで考えたこともなかったけど、先生はココアじゃなくコーヒーを飲んでるんだろうか。 無意識に先生が手に持つカップをじっと見ていたら不意に先生と目が合う。 僕が先生を見ていたのに、驚いて慌てて視線を落とす。 カップを両手で包み込むように持って、その熱でどうにか気持ちを落ちつかせようとしてみた。 なにか言われるんじゃないかってドキドキ不安になってる中で―――なにか違和感を覚えた。 少しして先生がカップを置く小さな音がして恐る恐る顔を上げる。 たいていこれまではココアを飲んだ隣の寝室につれられていって犯されるというのが流れだった。 だから今日も―――と、胃のあたりが急にキリキリと痛む。 「……勉強するか」 なのに、突然先生がそう言って。 「……え?」 理解ができなくって戸惑いながら先生を見た。 先生は僕を見てるのか見てないのか、その視線は僕に向けられているけど目が合ってはいない。 「勉強道具持ってきてるんだろ」 「……はい」 家族には友達のうちで勉強してくるって伝えて出てきた。 もちろん嘘だけど全部を嘘にしたくなくって問題集なんかを持ってきていた。 だけど、でも、いまから勉強をする? どう反応していいかわからなくって視線をさまよわせてしまう。 だって僕がここに呼ばれたのは間違いなく犯されるため、で。 だから勉強と言われても、困るというより、きっと頭に入らない。 「……昼」 「……え?」 ぼそり、と先生がなにか呟いてまた視線を向けると先生は別の方向を見ていた。 辿るように僕も目を向け、時計に行きあたる。 時計の針は11時半を指していて、もうすぐ正午。 お昼になにかあるのかな。 でも訊くこともできずに戸惑うだけの僕に、しばらくして先生がため息をついた。 そのため息の理由もわからずに身体を委縮させていると、ゆっくり先生は眼鏡を外した。 僕は―――そのとき初めて、そういえばこの部屋で先生は眼鏡をかけていることが多いということにいまさら気づいた。 グレーのシンプルなフレームの眼鏡。 先生が眼鏡をかけているのを学校で見たことはない。 なんで今日まで気付かなかったんだろう。 テーブルの上の眼鏡を見つめていると先生が僕に近づいてきてすぐそばで膝をついた。 「遥」 ―――それは始まりの合図。 先生の手が僕の頬に触れて顎をつかんでもちあげて。 先生の顔が近づいてくる。 いつもなら僕は怖くてぎゅっと目を閉じる。 なのに今日はぎりぎりまで目を開けて、触れ合う寸前に閉じた。 「……っん」 触れるだけは一瞬で、すぐに咥内に入りこんでくる舌にいつものようにやっぱりぎゅっと目をつむったけど。 だけど、なんだろう。 よくわからないけど、なにか……違和感みたいな戸惑いを感じていた。 ***

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