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第31話
図書室に行ったって勉強するわけでもないけど。
ノートや問題集を開いたって結局上の空は相変わらず。
それでも図書室に向かうのは―――先生が学校にいるから。
そして図書室がある棟の三階に先生がいる準備室があるから。
準備室を通って図書室へと下りるっていうのがここ最近の日課だった。
数ヶ月前までは準備室のドアをノックしていたのに、いまは緊張しながら通り過ぎることしかできない。
ゆっくり歩いて差し掛かった準備室からは人の気配がなかった。
―――あとでまた覗いてみようかな。
そんなことを考えて、苦笑してしまう。
見に来たところでドアをノックする勇気もないのに。
学校で先生に話しかける勇気もないのに。
なんでこんなにうじうじしてるんだろう、情けないんだろうって呆れて、結局またため息がこぼれてた。
準備室の前でもぼーっとしていた僕はその場にどれくらいいたのかわからないけど、遠くから聞こえてきた声に慌てて角に隠れた。
「――お前ってさ、たいして愛想ないのに女子にモテるよなー」
それは鈴木先生の声で。
「……知るか」
ぼそりと返されたのは―――先生の声。
鈴木先生と喋っているからか普段の週末の先生を感じさせる声音。
驚きに身体を竦ませて立ちつくす僕のほうへと足音が近づいてくる。
「で、最近どうなんだよ。相変わらずひとり? なー、女紹介してやろっか? 溜まってんじゃねーの?」
耳に飛び込んできた鈴木先生の言葉に心臓が跳ねた。
―――女?
「……お前、ここ学校だぞ」
呆れたような先生の声。
でもその表情は見えない。見ることができないから、声通りに呆れているのか笑っているのかわからなくて不安に胸が詰まった。
「誰もいやしねーよ。とりあえず合コンでもするか」
「いい」
「なんでだよ。今度の週末にでもさー」
「お前彼女いるだろ」
「それは同期の葛城先生のためだろ」
「……興味ない」
「はー? お前―――」
近づいた声はドアの開閉とともに遮られる。
途切れた会話はドアの向こうで続いているんだろう。
ほんの少しだけ鈴木先生の話声が漏れ聞こえた。
―――合コン?
固まったまま、ふたりの会話を反芻する。
先生が合コン?
断っていたけど、だけど……。
息が苦しくなるくらいに動悸が激しくてその場にうずくまった。
僕とは違って大人の先生。
先生が誰か女の人と知り合って、付き合う?
きっとそれは高校生の僕なんかと違う大人の女性なんだろう。
それに僕は"男"で。
もし、もし先生が鈴木先生の誘いを受けて、女性を紹介されたら、合コンに行っちゃったら。
足元がぐらつくような感覚を覚えてギュッと目をつむる。
今週もし先生に呼ばれなかったらどうしよう。
不安が押し寄せて―――なぜ不安になってるのかなんて気づきもしないまま―――僕はその場にしばらく座り込んでいた。
***
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