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第56話

学校で―――最後までシたのは、この準備室でしたあの日だけだ。 乱暴に遥を抱いて、ひとり残して立ち去った、あの日。 「いやーびっくりしたわ。授業で必要なテキスト忘れててさ慌てて取りに来たらヤってんだもんな。お前学校で生徒となんて羨ましいシチュひとりで楽しんでんじゃねーよ」 このこの、と鈴木はおかしそうに笑いながら肘でつついてくる。 そのうざさと、不気味さ。 生温い、妙な気持ち悪さが背筋を這う。 「残念ながら最後までは見れないし、俺は結局忘れ物持って行けないしで散々だったけど。でも、俺的にはいい経験だったわ。目覚めたっつーの?」 男とヤんのも面白そうだって、さ。 思い出し笑いをし目を輝かせ好奇心に顔を歪めた鈴木が肩を寄せてきた。 「なぁ、葛城」 そして俺たち以外、誰もいやしないのに声を潜めてくる。 気持ちの悪い、うすら笑いを浮かべて、 「―――俺も遥ちゃんとヤりたいんだけど。段取りしてくれよ」 そう、言った。 肩に鈴木の手が回ってくる。 「なぁ、葛城。頼むよ。一回でいいからさ。俺も一生に一度くらい経験してみたいわけだよ、男相手ってやつをさ」 コーヒーに手を伸ばし一口二口と飲む。 手元の書類に目を落とし見ていれば、 「葛城ー。同期だろ? 仲間だろ? 俺にも一回くらい楽しませろよ」 お前だけずるいぞ、と無理やり視線を合わせさせられる。 俺は嘆息ひとつつき、また書類を見た。 「お前巨乳好きだろ。女大好きのノンケのお前が男相手に勃つのか」 「遥ちゃんなら勃つな。あのときずっと見てたら勃ちそーだから慌てて教室戻ったってのもあるし。まさか授業中にテント張ってるわけにもいかねーだろ?」 問いにあっさりと返事しけらけらと笑う鈴木は俺の肩から手を外すとスマホを取り出し弄りはじめる。 「お前にヤられて喘いでる遥ちゃん可愛かったなー。ほんっと泣かせたくなる感じだよなぁ」 何かを探すようにスマホの画面を動く指。それが止まる。 その動作が視界の端に映りこむ。 「ほんと、このやらしー遥ちゃんの顔、可愛い。次は俺のでハメ撮りしたいわ」 「―――」 鈴木へと顔を向ければ、同時に鈴木の手の中のスマホの画面は暗くなった。 スマホを仕舞いながら鈴木は俺と視線をあわせる。 「生徒とヤッてるなんてバレたら……ヤバいなんてもんじゃないよな」 職場には不似合いな空気。 わずかに首を傾け日頃生徒に向けるモノとはまったく違う下卑た男の顔をした同僚。 「脅迫、か?」 「んな怖い言い方するなよ。お願いしてるだけだろ? 一回だけ俺にもお裾分けくれってさ」 「……」 「なぁ、葛城。頼むよ」 軽薄な笑み。口角を上げる鈴木の目は愉しそうに歪んでいて。 俺は―――視線をまたもとの書類へと戻しながら言った。 「一度だけだぞ。俺はもう澤野と関わるつもりはないから、最初で最後だ」 ―――どうでも、いい。 もともとあいつは、こいつのことが好きだったんだ。 好きだった相手にならまんざらでもないだろう。 それに、あいつの目も覚めるはずだ。 「まじで! よっしゃ! じゃあ早速だけどさ――……」 好意を覚えるなんてことがいかに愚かだということを知った方がいい。 抱いた好意なんてもの、全部消えてしまえばいい。 嬉々とした声で予定を立てはじめる鈴木の声を他人事のように聞き流しながら、可哀想な遥を想った。 ***

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