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第58話
「あ? なんでだよ」
「なんでって当然だろ。なんかあったときに家主がいなかったらどーすんだよ」
遥を呼び出した約束の時間よりだいぶ早く鈴木が昼飯片手にやってきた。
今日は世話になるからな土産って持ってきた昼飯は近所のコンビニの冷やし中華にから揚げ。
安いんだよ、と悪態つきながらせっかくの休みになんでこいつと昼飯食わなきゃならねぇんだとため息つきつつ冷やし中華を食べていた。
同じものを食べていた鈴木が当然だろと真顔で言うから大きなため息を返す。
「合鍵渡しておくから終わったら帰ればいーだろ。それになんかってなんだよ」
「お前さぁ、監視いるだろ、監視。遥ちゃんの抵抗なんてたかが知れてるだろうけど、お前がいれば大人しくなるかもしれないしな。暴れたらお前押さえてろ。それにこの部屋防音とかどうなんだ?
隣から苦情とか来たらお前がいたほうがいいだろ」
「……」
「なんだ、その目。お前だって散々美味しい思いしたんだろ?」
きっと俺は冷めた目をしていたんだろう。
「ゲス教師がと思っただけだ」
「そっくりそのまま返すよ」
にこり、と笑う鈴木は買ってきたから揚げのほとんどを食べつくしながら「遥ちゃん、早く来ないかなー」と気持ち悪く面を緩めていた。
昼食を終え、シーツは替えたのかとかうるさい鈴木を無視して意味なくテレビを眺め―――
インターフォンがなったのは2時ちょうど、だった。
2時になるのを待っていたんじゃないか。
そう思うくらいにちょうどだ。
鳴ったインターフォンに鈴木が気味の悪いにやにやとした笑みを俺に向けてくる。
それを無視し玄関へと向かう。
―――ドアを開ければ遥が緊張した面持ちで立っていた。
「……先生」
戸惑いと不安と、そして期待。
複雑な色を浮かべた遥と視線が絡む。
それはほんの数秒で俺は部屋の中へと視線を向け「入れ」とだけ言った。
はい、とわずかに上擦った返事がして「おじゃまします」と脱いだ靴をきちんと揃えた遥を見やってからリビングへと向かう。
言葉なくついてくる遥の気配を感じながら俺の視界に鈴木の姿が映り込む。
「よお、遥ちゃん」
学校のときよりも少し砕けた笑顔で鈴木は遥に声をかけた。
「……え」
驚きの声を上げる遥から離れるように俺はキッチンそばの壁に寄りかかった。
まさかここに鈴木がいるなんて思うはずもない。
遥は困惑したように俺を見るが俺は視線を外す。
「……こ、こんにちは」
ようやく、といった感じで遥が俯きがちに鈴木へと挨拶をした。
「ごめんな。せっかく学校休みなのに呼びだして」
鈴木の言葉に遥がさらに戸惑うように俺を見てくる。
視界の中に映り込んでいる遥の顔は不安に彩られていた。
「……あ、あの……僕になにか」
どうすればいいのかわからないんだろう。
遥は立ちつくしたまま小さく訊いた。
「まぁまぁ、とりあえず座れよ、遥ちゃん」
遥ちゃん、と呼ばれた瞬間、遥は眉をひそめた。
それもそうだ。
鈴木の雰囲気は学校にいるときとは違う。
普段もフレンドリーな教師として生徒に慕われているが、いまは教師の面なんてまったく見えない、ただの軽薄そうな男。
ぽんぽん、と自分のとなりを叩いて、ほらほら、と促す鈴木に俺を伺いながらも仕方なさそうに遥はソファへと近づいた。
「……っわ」
おそるおそるな足取りでそばへと来た遥の腕を鈴木が突然引っ張る。
バランスを崩した遥は鈴木の胸へと倒れ込んだ。
「うわー遥ちゃん腰細いのなー」
鈴木がすかさず遥の腰を抱き、慌てて身を起こそうとした遥の動きを封じた。
「す、すみませんっ、鈴木先生……あのっ」
「それになんかいい匂いもする。シャンプーかな?」
空いている方の手が遥の髪を撫で、鈴木は匂いをかぐように遥の首筋に顔を埋めた。
「っ、あ、あのっ」
焦る遥の顔が急速に青ざめる。
不安はさらに色濃くなっていて、俺へと必死に視線を投げかけてくる。
「そんないやがらなくてもいいだろ? 遥ちゃん。まぁでも嫌がられるほうが今日は燃えるか」
口角を上げ楽しげに喉を鳴らす鈴木を眺め、俺は煙草に火をつけた。
遥は異様な空気におびえるように身を竦めて鈴木の腕の中から抜けだそうともがいている。
「無理やりってなかなかできないしなぁ。今日は楽しもうな、遥ちゃん」
甘ったるい声で囁きながら内容は物騒で。
鈴木の言っていることを理解できないでいる遥は呆然と俺と鈴木を見比べた。
そして、
「俺にも遥ちゃんの可愛い喘ぎ声聞かせてくれよ。葛城よりテクあるからさー絶対」
そう笑って鈴木はソファに遥を押し倒す。
「……え……?」
「せいぜい楽しませてくれよ?」
口元を歪ませ覆いかぶさってくる鈴木に、遥が表情を凍りつかせた。
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