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第63話
「……信じれない?」
沈黙が落ちて、しばらくして遥が呟く。
よく意味がわからない。と、そう顔に書いてある。
なんで、とその目が聞いてくる。
「……信じられるわけない」
どこで歪んだのかなんて覚えてない。
気づけば目で追っていた、鈴木を見ている姿に苛立った。
進級し担任が俺に変わっても遥が見ていたのは鈴木で。
純粋に鈴木を想っていた遥を身体だけでもいいから堕とそうとしたのは、紛れもなく汚れた俺の感情。
「俺はお前を犯した」
犯して、なにも知らない遥に、快楽を教えて、身体だけでも手に入れたいと思った。
憎まれても恨まれてもいいと思った。
仮に―――間違って好意を持ったとしたらそれでもいいと思っていた。
「……で、でも」
低く吐き出した言葉に、遥は目を見開いて息を飲んだあと否定するように俺を見つめる。
「ずっとお前を犯し続けた」
「……っ……でも、そうだけど……先生は僕を脅迫したりは……」
本当にそう思っているのか?
確かに例えば行為の写真を撮るとかして遥を脅すことはしなかった。
だが大人しい遥を一旦犯してしまえば―――恐怖に怯えさせれば次の機会を作るのなんて容易い。
無言の圧力で捩じ伏せて、何度も犯して。
「それに、先生が優しいこと……知ってます。だって、いつも出してくれてたココア、僕のために買ってくれてたんですよね? それに、それに……僕が用事があって行けないって言っても先生は怒らなかったし」
取り繕うように普段とは違い饒舌に遥が俺に訴えてくる。
勉強を教えてくれて嬉しかった、とか、ちゃんと家まで送ってくれたから、とか。
―――本当に、笑える。
「俺が優しい人間だったら、お前を犯したりなんてしない」
無理やり身体を開いて、欲を注ぎ込んで、縛りつけて。
恐怖と快楽を与えて、そこで遥が俺の優しさを見つけた?
それはそうだ。
怯える遥を抱く以外、なにも強要しなかった。
普段通りに接した。
甘いものが好きだと知っていたからココアを用意してやった。
恐怖の中で、そんな些細な甘さがひどく甘く感じた?
黒ければ黒いほどに白い一点が目につくことはある。
逆だってそうだ。
何度も犯されて、その中で俺の優しさを知って、それが好意になって?
それが、好きだ、って、想いにかわる?
「お前は勘違いをしてるんだよ」
自分を傷つける俺から身を守るために、恐怖を取り除くために、些細な優しさでもなんでもないものを良心だと思いこんで、価値を見出して。
「俺を好きになれば、優しさがあると思えばお前が楽になるから。犯されることに別に意味をもたせることができるから、だからお前は思いこんでるだけだ。―――俺のことを好きだ、と」
ひとの気持なんて難しそうでそうでないことだってたくさんある。
優しいのかもしれない、優しいに違いない?
無意味に犯されているよりも、もしかしたら好かれてるから"抱かれている"。
そう考えたほうが傷つかなくて済む。
「お前の気持ちはまやかしだよ」
それでも―――、あのときまではそうして遥が俺のことを好きだと思いこんでいてもいいと、思っていた。
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