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第73話

意識が浮上し、時計を見ればもう夜の8時を指していた。 すぐそばにある抱きしめたままだった遥を見つめる。 まだ眠っていて起きる気配はない。 また二度寝をするには俺の頭はすっきりと覚めてしまい寝れそうにはなかった。 空腹も感じて、遥を起こさないように身体を起こす。 遥の髪を撫でてから脱ぎ散らかした服を着てリビングへと向かった。 夜になったからか一層静かな室内。 電気をつけキッチンへと行き冷蔵庫を開ける。 ビールばかりの冷蔵庫の中にはたいした食材がない。 「……買いに行くか」 普段自炊しているとはいってもそんなに料理のレパートリーがあるわけじゃない。 それでも以前簡単な料理を作ってやれば美味しそうに食べていた姿が思い出された。 財布を持って寝室をのぞく。変わらず遥は寝ていて静かに部屋を出た。 外はむわっとした湿度の高い熱い空気で、思わず眉が寄る。 外に出ただけで遥のいる俺の部屋とは別の世界のように感じてしまう。 まとわりつく暑さに、遥とのことが夢みたいに思えた。 都合のいい夢を見ていただけなんじゃないか。 近所のスーパーに入って適当に肉やら野菜を買いながら、どんどんと夢のはずがないのに、本当に俺の部屋で遥が寝てるんだろうかなんてバカなことを考えてしまう。 あいつが俺を許して―――俺があいつを信じて。 レジで金を払うときも現実味がなくて、ビニールに詰めた食料品の重みだけがリアルだった。 スーパーをでたらまた暑く汗が滲む。 遥はまだ寝てるだろうか。 いる、よな? 都合のいい夢を見てるだけじゃないよな、とスーパー前の喫煙所で一服してから帰路につく。 身体に残る燻ぶるような欲の余韻もこの手に抱いた遥の体温も覚えてる。 全部現実だったんだ、と。 それを確かめるように、らしくなく少しだけ足早にアパートへと辿りついた。 寝ている遥を見ればすべて"現実"なんだって再確認できる。 いつから自分がこんなにバカになったんだろうかと呆れながらドアをあけて―――。 「……先生」 玄関に立つ遥と目があった。 なんだ起きたのか、とかけようとした声はぼろりと遥の目からこぼれおちた涙に消えた。 ドアが閉まると同時に遥が体当たりするように俺に抱きついてきた。 「……おい? どうした?」 ぐすぐすと俺の肩に顔をうめて泣く遥。 涙がシャツにしみてくるのを感じながら遥の頭を撫でる。 「お、起きたら先生がいなく、てっ……、だから……っ、僕……っ全部、夢だったんじゃないか、って」 怖くて、としゃくりあげる声。 「……夢のわけないだろ。そもそもここは俺のうちだぞ。お前が寝てたのだって俺のベッドなんだし」 ―――全部夢だったら、と不安だったのは俺も同じだった。 笑って遥の背を叩くとぎゅっと強くしがみついてくる。 「で、も、また……先生に……見捨てられてたら、って、どうしよ、って」 「……」 泣き続ける遥に胸が痛んだ。

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