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月曜日(1)(side 真誠)
明けて月曜日の朝。
自分が住む街に、見慣れた景色に、凪桜さんが立っている。それはまるで下手くそな合成写真みたいな光景で、この街は凪桜さんに全然似合っていなかった。
効率的で余白のないビジネスホテルとか、黒いシミが点在する踏みならされたアスファルトの歩道とか、粉塵にまみれたガードレールとか、すぐに点滅する青信号とか、極端に狭いコンビニエンスストアとか。
そういう景色の中で、凪桜さんは切り抜いた写真を糊で貼りつけたみたいになっている。
「ひどいな」
独り言が口をついて出るほど、本当に、まったく。
そんな凪桜さんに似合わない街に住む俺の耳に、凪桜さんの声がすべり込んでくる。
「どこ行く? どこでもいいよ。真誠さんの行きたいところに行こう」
どこ行く? って。凪桜さんの本気でそう思っているような発言に、俺は少し困惑した。
昨日、谷中へ行こうと話したことを、彼はすっかり忘れてしまっているのだろうか、あるいは俺に主導権を譲るという意思表示なのか、それとも俺の気が変わって別の場所に行きたくなってもいいという優しさなのか。
困惑したまま、俺もまた変なことを言った。
「先にちょっとだけ、病院を見てもらってもいい? 駅の向こう側に、今度連載する小説のモデルにしてる病院がある」
なんでそんなことを言っているのか、自分でもよく分からない。いや、わからなくはない。その連載開始に向けて話は確実に動いていて、その挿絵は凪桜さんが担当すると決まっている。だから挿絵の資料としてその病院を見てもらうのは不自然ではないのだけれど。谷中はどこへ行った?
「いいよ。行こう、行こう」
凪桜さんは明るい声でそう言うと、リュックサックを背負い直し、キャリーケースを引っ張って、病院に向かう道を歩き始めた。
俺は道案内をしつつ、「よく眠れた?」などと会話しつつ、合成写真のように似合わない街を歩く凪桜さんが、どんな景色ならば似合うのか、ということを考えていた。
昼間でも薄暗く、変に酸っぱい臭いとけたたましい轟音が四方八方から襲ってくる山手線のガード下を歩く瞬間は、俺の知る限り史上最高に似合わなかった。
そして流木や変な形の緑の葉やダークカラーの花を扱う、お洒落と風変わりが同居している花屋の前が一瞬似合ってるように見えて、そう思ったときに凪桜さんも、その花屋を振り返った。それで俺は、自分の『凪桜さんが似合う場所』を見つける感覚がそこそこ的確らしいと嬉しくなった。
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