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月曜日(3)(side 真誠)

 凪桜さんは、なんの躊躇(ためら)いもなくスマホを取り出し、シャッターを切り始めた。  絵を描く資料として必要なんだし、俺自身がそうして欲しくて連れてきたのだけれど、病院でスマホを取り出して次から次へシャッターを切ると、スタッフから注意されるのではないかと緊張してしまう。  でも、誰も何も言って来なかった。気にしている人すらいないようだった。  気配を消すというのでもないけれど、医者がカルテを入力するように、看護師が患者に話しかけるように、ボランティアが道案内をするように、凪桜さんは自然に写真を撮った。  要はこなれているのだと思う。  この境地まで、どのくらいの写真を撮り続けて来たのか。あるいは案外、要領よく習得したのか。  一旦奥まで歩き、出入口に向けて引き返しながら、凪桜さんは手首を返し、スマホのレンズの向きをひらひら変えて、建物の特徴をメモリーに残していく。  俺は整形外科の前で足を止め、凪桜さんに話し掛けた。 「ここに座って主人公たちが天窓を見上げるシーンを書きたいんだ」 凪桜さんを椅子に座らせ、俺も隣に座る。凪桜さんは数枚の写真を撮ると、あとは天窓を見上げ、視線をめぐらせていた。  伸ばされた首に視線を惹き付けられつつも、俺は、この病院も凪桜さんにはあまり似合わないな、とジャッジしていた。  彼に似合う場所はどこなんだろう。  凪桜さんと再び出入口に向かって歩いて、病院の自動ドアを出たところで道案内しようと振り返ったら、凪桜さんのスマホのレンズと目が合った。  俺は、どこまで奥行があるかわからないものが苦手だ。ブラックホールに吸い込まれそうな不安や恐怖を感じる。人の目を長時間見ることは不可能だし、カメラのレンズも同じ理由で好きじゃない。  でも、スマホの画面を見ながらちょっと口許に笑みを浮かべてシャッターを切る、その凪桜さんの姿は好きだと思った。  レンズの向こうで凪桜さんの視線とぶつかると思ったら、怖くなかった。  シャッターを切られてから、やっぱり恥ずかしくなったけど、 「写真は苦手なんだ…」 と、下を向いてしまったら、その視線先へ写した画面が差し出された。 「だっていい顔してたから」 そこにはレンズ越しに凪桜さんを見ている俺がいた。凪桜さんの目に、俺はこんなふうに見えているの?  顔を上げると視線が合った。でも逸らさなかった。  凪桜さんの目は澄んでいたけど、怖くなかったから。 「次、どこ行く? どこでも真誠さんの行きたいところへ行こうよ」  やっぱり谷中とは言わない、俺の意向を最優先にしてくれる凪桜さんの声の柔らかさに、俺はまた違うことを言った。 「浅草のみつ豆発祥の店で、みつ豆を食べようか」 凪桜さんは素直に 「みつ豆、いいね。行こう行こう」 と弾んだ声を出してくれる。  この人は行き当たりばったりや、思い立ったが吉日という、ライブ感を楽しめる人なのかなと思う。

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