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月曜日(5)(side 真誠)

「みつ豆! 食べに行こう!」  拙作の主人公たちが出会ってすぐ食べに行った『みつ豆ホール』の名残りを残すカフェで、みつ豆をオーダーした。  席はどこでも空いているところに座ってよく、丸いテーブルに椅子が三つ置いてある席を選んで座った。  人の目を見るのが苦手な俺は、意図的に椅子の位置をずらし、凪桜さんの正面を外して座る。  昨日もサイゼリヤで凪桜さんは隣に座ったけど、隣のほうが無理に視線を合わせなくて済むから、凪桜さんはそうしてくれたのかな。  でも今の俺は、わざわざ首をねじって凪桜さんの目を見ていた。  いろいろ話しながら、凪桜さんの眼球を観察していたというほうが正しい。  黒に近いダークブラウンの虹彩。中心の瞳孔はものをよく映すし、凪桜さんは映るものをちゃんと見ているのだけれど、その光り方は穏やかだった。  見えないものまで強引に見て暴こうとはしない目をしていた。  彼の人生の中には、祖父母や両親、クラスメイトと過ごした時間もあるはずだし、受験勉強やアルバイトだって経験していると思う。仕事をする以上は競争もあり、数字だって見ているだろうに、どうやったらこんなに何度も水をくぐったオーガニックコットンみたいな柔らかく風をはらむ姿でいられるのだろう。  いろんな経験があったからこその目なのかとも思うし、子どもの頃からこういう目を持っていたのかもとも思うし、正解はわからない。  自分は風の取り逃がしが下手で、すぐ人の言葉に振り回されるし、小説を書きながらの浮き沈みも激しい。染料が入った鍋と媒染剤が入った鍋の中を往復し、両端を縫い合わされてたえずくり回されてる反物みたいに目を回しているから、凪桜さんの目には尊敬と憧れの念を抱いた。  今日はデートする緊張はあれど、凪桜さんの隣で落ち着いていられる。  反物に例えるなら、澄んだ水の中へ広がって、たゆたっているような状態だろうか。  温度が低くて心地いい。  この人と肩を寄せあって眠ったら、きっと気持ちがいいだろうなと妄想して、慌てて水を飲んだ。  そして店内を見回し、そこに座る凪桜さんを見て、ここも凪桜さんには似合わないなと思った。  カフェで飲食するというところまでは馴染んだのだけれど、たった一度しか来ない通りすがりの観光客を相手にしている割り切り方が、なんか違うなぁと思わせた。 「このあと、どこ行きたい?」  訊かれて窓の外を見て、観光客がひしめき合う街の盛況さと、中学生の頃に遊んだ街の情緒が全く重ならないつまらなさを感じて、 「上野から谷中へ行こう」 と提案した。

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