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月曜日(7)(side 真誠)

 俺は今日が月曜日なことも、上野の美術館や博物館は月曜日休館なことも、すっかり頭から抜け落ちていた。  下調べしたつもりだったのに、コーヒーショップまで月曜日定休だったのには参る。  静かな月曜日の上野公園を、凪桜さんに無駄足を踏ませた申し訳なさと、自分の情けなさに落胆しながら歩いた。  噴水だけは月曜日も休むことなく動いていて、池の周りには昼寝している人もいた。 「大人と言われる年齢になってから外であんな風に昼寝したことないね」 凪桜さんの言葉に、きっと学生時代の凪桜さんはどこでも構わず気持ちよさそうなところで昼寝を楽しんでいたんだろうなと思いながら、頷いた。 「気持ち良さそうで羨ましいけどできないな、無防備すぎる」  最後にここで昼寝をしたのは、たぶん高校生の頃。授業をさぼって一人で寝転がった。  真剣に進路を考えることも、悩むこともなくて、ただ好きな本を読んで、自分はやっぱり文系だなと思っていた。そんな時期だったと思う。  当時の俺が寝ていた場所に、外国人の夫婦が寝ていた。男性の肩に頭を乗せて、女性の肩を抱いて、気持ちよさそうだ。  芝生のすぐ脇をずっと歩きながら、「少し座って休憩する?」って言おうかな、言いたいなと思っているうちに、言えないまま通り過ぎてしまった。俺は中学生か?  気づけば噴水は背中の方にあって、博物館の前の道を歩いた。平日とは思えない閑散とした道を谷中を目指して歩いていたら、四角い建物の前で凪桜さんが足を止めた。 「博物館動物園駅だって。ここが駅だったみたい」 その建物がここにあることは知っていた。高校生の頃から何度も前を通り過ぎている。でも古くて装飾が施されている建物なんて珍しくないから、せいぜいどこかの施設の一部だろうとしか思っていなかった。 「気にしないで通り過ぎてた。気がついてなかった」  改めて建物を見回して、日本の地下鉄にもこんな装飾にこだわった駅があったんだなぁと思う。  凪桜さんが歩き出しても、まだ俺は振り返った。新しい発見が楽しかった。  そしてまた道を歩いて、今度は普通の住宅街を歩きたいという凪桜さんにくっついて、見ず知らずの路地へ足を踏み入れた。  古くもない、新しくもない、本当にただの住宅街で、見るべきものが分からないのだけれど、凪桜さんの目にはわかるらしい。 「この家、長屋みたいに何軒かくっついていたのを、分断して建て替えてるんだよ」とか、「ほら、あの壁を見ると色が違うからわかるよ」とか、「この辺りは江戸時代の区割りを引き継いで家を建ててるのかな」なんて、俺の知らないことばかり話して聞かせてくれる。 「あの瓦の屋根の途中に簾がかけてあるけど、あれはきっと明かり取り用の天窓なんだ」  凪桜さんが指さしたのは、瓦屋根の上に風で飛ばされた簾が偶然乗っかっているような場所で、一人だったら見向きもしなかったと思う。 「そうなんだ! 言われないと全然見ないところだから気がつかなかった」  子どもみたいにはしゃいだ声を出してしまって、あとからちょっと恥ずかしくなったけど、凪桜さんがちょっと楽しそうに見えたから、気にしないことにした。  自分一人で街を歩いたって気づかない、何の変哲もない風景が、凪桜さんと一緒にいると人々の営みに関連づいてリアリティが増していく。それはとても面白くて楽しいことだった。  そして凪桜さんに、この街は似合い始めていた。  あまり生活感のない人なのに、生活感のある街が似合うなんて、凪桜さんはやっぱり不思議な人だ。  隣に立って一緒に信号待ちをしながら、何でも受け止める瞳を盗み見て、視線に気づいた凪桜さんが振り向くと、心臓が跳ね上がって、俺は正面の信号へ慌てて視線を逸らした。

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