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月曜日(9)(side 真誠)
ここも月曜日定休か!
上野桜木あたり、という名称の一角は、戦前からの木造建築の民家が三棟、そのまま残っていて、それぞれの一階がショップや交流スペースとして開放されているらしいのに、定休日!
俺は確かに凪桜さんへ宛てた手紙に書いた。
『今度、一緒に下調べなしの取材をしましょう。道に迷ってお地蔵さんを見つけ、効率悪く歩いて突然有益な観光ガイドの解説を聞き、美味しそうなレストランは軒並み臨時休業で、仕方なくファストフードを食べながら笑い合うような、そんな取材がしたいです』
だからってここまでの展開までは求めてない。言霊効果をこんなところで発揮しなくていいのに!
幸い外観の見学は自由らしい。そう書いてある看板を写すふりで、説明書きを読んでいる凪桜さんの後ろ姿を撮った。
それから敷地へ足を踏み入れて、団地育ちなのに懐かしい気持ちになった。曾祖母の家はこんな感じだったなぁと思い出した。もう使っていない手押しポンプがあり、玄関にはボールのように白くて丸い照明があり、風雨に耐えてダークブラウンになった家の材は木目が浮き上がっている。
軒先のつりしのぶを避けながら、雨戸がたてられている庭へ回り込む。
凪桜さんは家の構造に関心を寄せて裏側までちょっと覗きに行って、戻ってきてベンチに座った。
二階の手すりや雨樋や瓦葺きの屋根、屋根を支える構造なんかを見て、きょろきょろしているので、後ろ姿だけではなく、顔も写すことができた。
ようやく、彼の顔写真を手に入れた。
二人で写真を撮りたいと思ったのだけど、街で見かける女子高生のように気軽に一緒に撮ろうと言う勇気はなく、凪桜さんの顔写真はこの一枚を大事にしようとスマホのバックライトをオフにする。
藤棚の下のベンチに座り、心地よい風に吹かれながら、しばらくいろんな話をした。
凪桜さんは建築士の資格を持っていて、実際に建築の仕事に携わった経験があるらしく、建物のいろんな場所を指さしながら、構造の工夫や、材の改良、外観から読み取れる間取りについて、メーカーの経理部勤務だった俺にもわかるように話してくれる。
どの話も面白くて、次から次へ質問を探しては説明をねだり、互いの思い出話や、俺に喋らせたら止まらない小説の話もたくさんした。
この人となら、いつまでも話していられそうだと思う。
上野桜木あたりの中で、唯一月曜日でも営業していた店に入った。
心地よい陽気だから、テラス席を選んで、古いドアを天板にしたテーブルに向かって座る。
たくさん喋って、朝からの緊張もようやく解けて、俺はナポリタンスパゲティをオーダーした。凪桜さんは味噌うどんを頼んでいた。
「どんなお味噌かな」
赤味噌文化圏に暮らしている凪桜さんは、東京で食べる味噌うどんが楽しみらしい。
運ばれてくる間に、もう一枚凪桜さんの写真を撮ろうと思ったのに、凪桜さんは気を利かせて
「あ、建物の写真を撮る? 退くね」
とフレームアウトしてしまい、俺は木枠のガラス窓と窓の向こうで働く店員の女性を意味なく撮って、いつか資料として役立てようと自分を慰めた。
凪桜さんを撮りたいんだ、いつでも見られるように写真を持っておきたいんだ。と言えるようになるまで、どれくらいかかるのかな、俺は。
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