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月曜日(11)(side 真誠)

 沈黙が怖くなかった。  俺は小説を書くくらいだから、人間に対する興味は高いと思う。でも、人と直接関わるのは苦手だ。一人で散歩して、図書館や書店へ行き、自宅で調べ物をしつつパソコンに向かって小説を書いているのが一番好きで、誰かと丸一日行動を共にしたら、翌日は寝込む。  取材や打ち合わせで誰かと会うときは、翌日休みにすると決めているくらいだ。  でも、沈黙しても凪桜さんはテラス席に面した通りの様子を勝手に興味深げに眺めているし、それで何か話さなくちゃいけないと焦燥感に駆られることもなかった。  朝から一緒にいて、しゃべり疲れてアクが抜けたのかもしれない。  別にいいやと思ったのだ。この人なら大丈夫。  ただただ気持ちが高鳴って自分をよく見せたくて緊張する人から、一緒にいて普段の姿を晒しても大丈夫な人へ、俺の中の意識が変化してきた。  凪桜さんが起き抜けのボーッとした姿のまま、テレビを見ながら温め直したカレーなんかをもそもそと食べ、そのままの姿でマンガを読んだり、猫に餌をやったり、昼寝したり、起きたら夕方で、無駄に過ごす休日を満喫して、簡単な掃除も洗濯もせず、コーヒーが一口残っているマグカップもそのまま、食器洗いは翌日、おやすみと寝てしまうとしても、それでいい気がする。  むしろそんな凪桜さんを見ていたいくらいだ(実際の凪桜さんは、休日を無駄にしないタイプかもしれないが)。いいよ、簡単な掃除や食器洗いくらいは俺がやるし。洗濯物もまとめて一緒に洗っておく……って、何を考えているんだか。 「あ、そうだ。このジャケット見せてあげようか」 凪桜さんの言葉で妄想の世界から引き返した。  凪桜さんのファッションセンスは一風変わっていて、どこで売られているのか、商品として生産して採算が成り立つのか、ちょっと首を傾げるようなデザインのものが多い。 「うん、見せて」 「これねぇ、一点物なんだ。いろんな布を接ぎ合わせて、紅茶か玉ねぎかダイロンか、なんかそんなので染めてある。この模様は全部作家さんの手描きなんだよ」  そのジャケットのベースは白のジージャンと思われる。マッチ箱サイズの不規則な形の布が剥ぎ合わされていて、それらの布には名前を書く油性ペンの細い方と思われるもので、小さくびっしりと文字やイラストのようなものが描かれていた。  それに茶色っぽい染料でファンタジー小説に出てくる羊皮紙のようにムラのある染めが施されている。色ムラに連続性がないから縫い合わせる前に染めたのかもしれないが、とにかく面白くてカッコイイ、凪桜さんにしか着こなせないジャケットだ。  マニキュアかペンかわからないが、金色のラメがところどころについていて、凪桜さんはそこを指さしながら言う。 「僕は気にしないで着て、ガンガン洗うから、ラメがちょっと落ちゃって、このへんは模様がにじんでるけど、服や道具は飾っていてもしょうがないし、使わなきゃって思うんだ」 「その考えには、俺も賛成」 「だよね。人生には限りがあるから、もったいながらずに使わなきゃ!」  凪桜さんはたぶんとてもこのジャケットを気に入っていて、そんなお気に入りを見せてくれたことが、とても嬉しかった。  たとえば自転車で行き来できるくらいの距離に住んでいたら、俺はもっとたくさんこんな楽しい話が聞けるんだろうな。  もっとここで話を聞いていたかったけど、時間の制約がある以上、立ち上がらなくては。 「そろそろ次に行こうか」  店を出ると、マンホールの蓋の上に一匹の猫がいた。自分で猫を飼ったことはないけど、猫は好きだ。  凪桜さんはスマホを取り出しながらそっと近づき、アスファルトに直接手をついて、低い位置から猫の写真を撮った。  彼のインスタグラムにいる猫たちは、こんなふうに撮影してもらっているんだなぁ。  そのあと俺もちょっとだけ耳の後ろを撫でさせてもらって、そのときに凪桜さんがまたシャッターを切ったけど、それで俺が凪桜さんのスマホの中にいられるなら、むしろたくさん撮って欲しいくらいだなと思った。 

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