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月曜日の夜(3)(side 真誠)
このマンションは脱衣スペースがなくて、ドアを開けるといきなり風呂場だ。その代わりに風呂場のドアの周りを衝立で仕切っている。
凪桜さんはためらうことなく服を脱いでいる気配で、俺は絶対振り返らないように、無心になって冷蔵庫に保存している無洗米を炊飯器にセットし、白菜と豚肉を交互に重ねてから、ザクザクと切る。
「等分に切ってるつもりなのに、どうして高さが揃わないんだろうなぁ」
切り口を上に向けて放射状に詰め込むのが、妹たちに教わったやり方なのだが、普段見栄えなんて気にしないから、いざ来客があって突然気を使おうとしても、よくわからない。
「こういうのも絵心が必要なのかな」
独り言を口にしながら具材を押し込み、その身長差がバラバラなのを見ていたら、
「どうしたの?」
とすぐ近くで声がした。
「うわっ、びっくりした」
「お腹に入れば同じだから、気にすることないよ」
俺が何を気にしているのか言ってないのに、凪桜さんは軽やかにそう言って、隣に立つとすぐ
「しめじを入れればいい?」
と状況を見極める。石づきを切り落とし、細い指先でバラバラにほぐす手つきは、料理に慣れた人の手つきだった。
その横顔が火照っているのを見て、ようやく気づく。
「あ、水飲む? 普通のミネラルウォーターだけど」
普通じゃないミネラルウォーターってなんだろう、あ、炭酸入りとかかな。落ち着け、俺。思考を四方八方へ散らかしながら、ペットボトルを手渡した。
「ありがとう。ちょっと喉乾いてたんだ。嬉しい、いただきます」
ありがとう、嬉しい、いただきます、を、今、この人はひとつのセリフに全部入れてた。これが世に言うコミュニケーション能力か。
ありがとうまでは、俺だって言えるんだけど。嬉しいって言えるか? さらっと、嬉しいって。
白菜と豚肉を詰め込んだだけの鍋をぼんやり見ていたら、人差し指でトントンと肩を叩かれた。
「おろし金、ある?」
ひとり暮らしを始めた頃に100円ショップで買ったおろし金を差し出した。最初は自炊も頑張ろうと思っていたんだ。今はもう鍋しか作らないけど。
「真誠さんも、お風呂に入ってきちゃいなよ。適当でよければやっておくから」
「あ、うん。でも」
「できるところまでしかやらないから、大丈夫」
これも会社にいた頃はよく聞いたセリフだった。適当にやっておくから、できるところまでしかやらないから。そう言って、相手の負担を軽くしながら、作業を先へ進める言葉。
こういうセリフが軽やかに言える人は、やっぱり周囲の人とのコミュニケーションが円滑に進んでいた。自分はコミュニケーション能力が低い自覚があるから、その反対の人は観察するクセがついている。
小説書きなんて孤独な仕事でも、どこかでは人と接点が生まれるし、コミュニケーション能力が低いからって、別に人との関わりを求めていない訳じゃないんだよな。むしろ誰かと一緒にいたいとすら思うんだ。
たとえば凪桜さんとか。
そんなことを考えながら服を脱ぎ、まだ温かな蒸気が残っている風呂場に、ついさっきまで凪桜さんがここを使っていたんだなぁという変態的な思考に陥る頭へシャワーの湯を浴びせかけた。
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