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月曜日の夜(5)(side 真誠)

 コミュニケーション能力が低い自分に凹んだまま風呂を出た。いつもなら静まり返った台所の左右の端が黒い蛍光灯の薄暗い光を見て、さらに落ち込んでいくのが常なのだけれど、今、そこには凪桜さんがいた。 「お待たせ」  それは風呂の順番を待たせている家族に話し掛けるような感覚だった。 「日本酒とか料理酒とかある?」 「そういえば冷蔵庫に小さいビンのがあるけど、古いかも」 「いいんだ、そのまま飲むわけじゃないから。ちょっとでも入ると美味しくなる。冷蔵庫あけるよー」  すごい、俺、自然に会話してる!  変な感想だけれど、正直な感想だ。  この部屋は基本的に散らかっていて、プリントアウトした発表前の原稿や送られてきた校正紙を無造作に置いているから、他人を入れることはしない。 妹たちが乗り込んで来ても俺には口を開く隙も権利もないから、この部屋で誰かと会話をしたのは、内見に来たときの不動産屋の担当者以来かも知れなかった。  凪桜さんばかりに作業をさせては悪いと思って、汗の引かない身体に大急ぎで下着とスウェットを身につけ、タオルを首に掛けたまま、凪桜さんの隣に立つ。  何の飾り気もないスウェット姿で、洗いざらしの髪で、切り落とした白菜の芯や肉の脂がべたべた残るスチロールトレイのある台所に、二人で並んで立つ。  結構思い切った量の日本酒を回し入れている凪桜さんの横顔を見て、不意に抱き締めてキスしたいと思ってしまった。  かの谷川俊太郎先生だって『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』だけなのに、何だよ抱き締めてキスって。いや別に俺は聖人君子でも何でもないんだけど、だからっていくらなんでもそれはせっかく遊びに来てくれた凪桜さんに対して失礼だろうと絶句した。 「少し煮てからそっちに持っていくのでいい?」  その言葉で我に返り、ぎくしゃくとカセットコンロを出して、座布団を二つ、六時の位置に置いた。でも、凪桜さんはその位置をずらした。あああ、そんなことをしたら俺に近づくじゃないか。 「こっちでもいい? 向かい合うよりこっちのが自然じゃない?」 「うん、いいよ」 答えながら、ちょっと目を逸らしてしまった。自分の性欲が後ろめたすぎる。  座布団に座る凪桜さんと入れ違いに台所へ逃げて、冷蔵庫の冷気を浴びて頭を冷やしながらビールを取り出し、氷をアイスペールに入れた。  まかり間違っても酒の勢いを借りないようにしよう。健全な鍋会にしよう。凪桜さんに嫌われないようにしよう。  自分に言い聞かせながら台所とテーブルを往復して、取り皿と箸とお玉も運んで、後ろめたさの反動でちょっとわざとらしいくらいの笑顔になりながら 「とりあえずビール飲もう」 と缶ビールを開けた。

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