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月曜日の夜(7)(side 真誠)
凪桜さんに似合う景色を朝から考えていた。
この人は意外にも生活感のある場所が似合う。それもしっかりと時間が積み重ねられた場所。そして自由に過ごせる場所。
付け焼き刃の真新しいカフェでみつ豆を食べるよりも、古い木製のドアを天板に使ったテーブルで肉味噌うどんを食べている姿がよく似合っていた。ところであのドアの天板、凪桜さんはしきりに蝶番を撫でたり、縁を撫でたりしていたから、かなり気に入ってたんだろうな。
凪桜さんはできあがった鍋を何口か食べると、満足気な笑みを浮かべた。
「美味しい! なんかいいね、真誠さんち落ち着くし鍋もお酒も美味しくて幸せだー」
紙風船を打ち上げるような明るい声に、俺はうんうんと相槌を打った。この部屋の景色も凪桜さんに似合っている訳ではないけど、くつろいでくれているのはわかる。俺も家族に近い親しさを感じて落ち着いていた。
黙々と鍋を食べていたら、先に一息ついた凪咲さんが部屋の中を見回し、肩を落とす。
「真誠さんち、きれいだね。うちヤバくってさー、本とかマンガとか紙類とかなんだかわからないもので一杯なんだ」
「え、そんなことないよ、たまたま片付けた後だから」
「うちは片付けてもこんなにキレイにならない」
ちょっと拗ねたような声を出しているが、それはもう片付ける気合いの入り方だろうと思う。万が一、凪桜さんが来たらというご褒美に向かい、自分でも驚くような集中力で片づけまくった。恋する男の執念。
ティッシュボックスの引き出しの中まで準備を整えるのはやりすぎだったと思うけど。自分の前のめりな姿勢が急に恥ずかしく思えた。
「そういえば、ガマくんとカエルくんの便箋で手紙くれたよね~」
凪桜さんは急に文通を思い出したらしい。
「あっ、うん、凪桜さんがカエル好きだと思って」
「すごい、よくわかったよね」
「カエルのお守りをいただいてきたとか書いてあったから」
そんな細かいところまで目ざとくチェックしてよかったのかな、と今でも少し引っ掛かっているのだけれど、わざわざレターセットをネットで探して取り寄せて手紙を書き、ついでに懐かしくなって図書館で本を読み返したのは懐かしい。凪桜さんと自分にも、ガマくんとカエルくんのような友情があったらいいなぁと思う。
友情も愛情もどっちもあって、こんなふうに鍋を食べて暮らしたいなぁ。
また妄想の世界にのめり込み、ソーダ割りの梅酒を飲んでいたら、
「今度は一緒に行こうよ、すごい山の中だけど。また山の中をドライブになっちゃうからつまんないかな」
凪桜さんは顔を覗き込んできた。
「いくよ、安全運転してくれるなら」
凪桜さんの運転が少々荒っぽいことを知っている俺は、同じように凪桜さんの顔を覗き込み返し、からかい半分に笑った。
うわー、俺、こんな軽やかでリア充な返しができるのか! 自分にコミュニケーション能力がなくても、凪桜さんに能力があれば、引っ張られるんだな。
凪桜さんはにこにこして、また鍋を食べ始めた。
「直箸でいい?」
「俺、もう既に直箸だけど」
凪桜さんは菜箸を使うのをやめ、自分の箸で白菜と肉としめじを取り分けると、また嬉しそうな笑みを浮かべながらもぐもぐしていた。
梅酒を飲んでは、
「眠くなっちゃうから、気をつけないと」
と繰り返す。三回目に同じことを言ったとき、俺はもう下心も何もなしで、
「泊まっていけば? 仕事部屋に布団を敷くよ」
と声を掛けた。
凪桜さんは一応、「え、いいの」と気遣いを見せたが、遠慮する気はないらしい。ますますリラックスした顔を見せた。
「じゃあ、梅酒おかわりしようっと。この梅酒、美味しいよね。ウチの地元でも売ってるかな。あ、でも梅酒は自分でも漬けてるんだ。日付を書いてしまっておくんだけど、十年物とか、この間、母親かおばあちゃんが漬けたもっと古いものも出てきた。氷砂糖だけじゃなく、黒糖入れて作ったり、ウィスキーで漬けたり、いろいろするんだ」
しゃべる合間に食べ、食べる合間にしゃべり、梅酒を飲んで、凪桜さんは顔を少し赤くしながら、とても楽しそうで、俺は中座して仕事部屋に布団を敷いた。
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