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月曜日の夜(11)(side 真誠)

 ハートのピノを気前よく俺の口へ譲ってくれて、俺が差し出したガリガリ君の角をかじりとる。  そんな付き合い始めの恋人同士みたいなことをされて、俺は『凪桜さんはちょっと酔っ払ってはしゃいでいるだけ』と自分に言い聞かせる。この先も仕事で接点があるのに、個人的な関係がこじれたら気まずい。  いや、こじれてもいいけど。  凪桜さんは喜怒哀楽を素直に表現するタイプだと思うし、そういう凪桜さんを見ていたい気がする。  俺も風の取り逃がしは下手だから、小説を書いていて上手くいくときもいかないときも、全部顔に出ていると思うけど、コイツはそういう奴だと見逃してもらえるなら。 「都会って感じがして新鮮。真誠さんがここに住んでなかったら僕はこの川沿いを歩くことはなかったと思うよ」 凪桜さんの言葉に、俺は頷いた。 「ありがとう。凪桜さんにここを歩いてもらえる縁があってよかった。こんな街だけど、これでも自分の故郷だから、凪桜さんが好意的に捉えてくれるのは嬉しい」  故郷でも、作品でも、自分にとって大切なものを好意的に受け止めてもらえるのは、やはり嬉しい。  嬉しさで気持ちが和らいだ途端、また手をつなぎたい、キスしたいと思った。襲いくる衝動を、凪桜さんがひと口かじったガリガリ君を自分の口へ押し込むことで回避しながら、マンションまでの道を歩き、エレベーターに乗って帰宅した。  ピノはハートが出たけど、ガリガリ君はハズレで、俺はおみくじを結びつけるような気持ちでゴミ箱へ入れる。 「布団、敷いてくれてありがとう」 仕事部屋を覗き込んだ凪桜さんに首を振る。 「あとは適当に好きにして。本棚はしっかり固定してあるけど、本は落ちるから地震のときは気をつけて」 軽い気持ちで言ったのに、凪桜さんは表情を強ばらせた。 「地震、大嫌い」 「このマンションは耐震工事も済んでるし、川も掘削して水位を下げてあるから津波で氾濫することはないよ。それに俺が隣にいるし。何かあればすぐに来るから」 大きな地震があった日、凪咲さんがどこで何をしていたのか知らないし、子どもの頃の避難訓練や防災教育で何を経験したのかもわからないけど、怖がらせて申し訳ないことをした。 「もう少し飲む?」 凪桜さんを促して、食べ終わった鍋の前に戻る。  会話は苦手。共通の話題は見つかるかなと少し不安に思いながら。

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