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月曜日の夜(13)(side 真誠)
動画を見るためとわかっているけど、凪桜さんが隣に座った。
ドキドキしてるのは、俺だけなんだろうな。
ベッドに寄りかかって見るほうがラクだしな、わかってる。でも肩に手を回せる、腰に手を回せる、相手の肩に寄りかかってもいい距離。キスしたい。
ゆるゆると梅酒を飲みつつ、映画の話をして、「ブルース・ブラザーズ」というタイトルを忘れないよう手元のスマホにメモをした。あとで見返そう。
凪桜さんは猫の動画を再生し始めて、そのあまりにも健全で和やかな内容に、自分の煩悩を忘れて一緒に見入る。
キンポウゲが揺れる草むらを軽やかに飛び跳ねる猫。人間に黙って頭を撫でさせ、イワシをもらってがっつく。兄弟と団子になってじゃれあう子猫は、ミルクをたらふく飲んで丸くなった腹を無防備に晒して眠る。
凪桜さんは街に住む猫みたいだ、と思った。
きっと住んでいる場所によく馴染んで、近所の人と挨拶したり、気が向かないときはするりと角を曲がってやり過ごしたりしながら、面白いものを見つけては足を止め、つまらなかったら残念だなぁと首を傾げ、いつも新しくて楽しいものを求めて、しっぽを歌うように揺らしながら歩いている気がする。
動画が終わると、凪桜さんは指先に俺の髪を絡めて遊び始めた。自動再生で次の猫動画が始まるのを見つつ、髪を触られて猫になったような気持ちでくつろぎつつ、口を開いた。
「凪桜さんはどんなところに住んでるんだっけ。海のほうって言ってたよね」
「うん。ここと比べたら、何もない田舎だよ。景色はいい。野菜の直売所があって、美味しい。風が少し強いかも」
「凪桜さんにとって、住み心地がいい場所なんだね」
「そうだね」
どんな場所か見に行きたいな、という言葉は飲み込んだ。部屋が片付いていないのを気にしているみたいだし、そこをこじ開けて強引に乗り込むことはしたくない。コンプレックスを刺激するくらいなら、普段の俺の部屋のまま、凪桜さんを招けばよかった。布団を敷くスペースはないから、ベッドに二人で寝ることになるけど。
「明日、何時頃に帰る予定?」
「まだ決めてない」
「何なら、気が済むまで泊まっていいけど」
決死の覚悟をさり気なく口にしてみたけど、凪桜さんは首を横に振った。
「猫にエサをやらなきゃ。今日までは人に頼んであるけど」
「そっか」
「うん」
猫様のご飯は大切だ。俺は大人しく引き下がった。
「明日、どこか行きたいところはある?」
「真誠さんの行きたいところ。僕に見せたいなって思ってくれるところなら、どこでもついて行く」
そう言ってくれるのはありがたいけど、凪桜さんに見せたい場所を探すのは難しい。今さら東京に珍しいものや面白いものなんて、そうそうないような気がする。
「地元のことって、案外わからないんだよね。スカイツリーも行ったことないし」
氷が溶けた梅酒ロックを飲みつつ思案していると、凪桜さんは不思議そうな声を出す。
「別にどこに行かなくてもいいかなって思うんだけど。何もなくても、どこに行かなくても、僕たちはこんなに話していられるし」
「俺、ゴロゴロするって決めたら、本当に動かないけど」
風呂とトイレ以外の全ての時間をベッドの上で過ごせる自信、いや実績がある。
「いいよ、いいよ。そういうのも楽しいと思う。本屋さんだけ行ってさ、パンをかじって、お茶を飲んで、ゴロゴロ過ごすのもいいよね」
髪を触られたまま、俺はうんうんと頷いた。
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