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相知る温度(9)(side 真誠)
「原稿用紙に書いて」
言葉にできないなら、原稿用紙に。
凪桜さん宛の手紙にそう書いたのは俺だ。本当に読んで、覚えていてくれたんだな。
それを真っ直ぐに突きつけてくる凪桜さんは、申し訳ないけど可愛かった。このままキスして抱き締めたい。
でもなぁ。
本当にそれでいいかどうか、よく考えなきゃいけないのは、凪桜さんのほうなんじゃないかな。
だって今の凪桜さんは、センチメンタルになっていそうだもの。
男としたことないのに、しちゃった。
そうしちゃうほどに、気持ちが溢れている。
それは、今の凪桜さんにとっては、性別なんて超えちゃうくらいのロマンティックなことかも知れないけど、付き合い始めたら当たり前のことになって、むしろ俺以外の人とは、そういうことは、できなくなるんだよ?
「でもなぁ」
それを凪桜さんに言って、どうなるって言うんだろう? 凪桜さんは納得するかな?
もし納得して、この夜をなかったことにされて、凪桜さんのつれない態度に後悔するのは、むしろ俺だよなぁ。
惚れた弱み。
好きなら、追いかけて行くしかないんじゃないのか?
俺は考え考え仕事部屋へ行き、来客用の布団を避けて歩いて椅子を引く。
引き出しから使い慣れているセルロイドの万年筆と、たまに便箋代わりに使っている満寿屋の原稿用紙を取り出した。
考える程に月がきれいですねとか、死んでもいいわ、なんていう使い古された言葉しか思いつかず、所詮自分の才能なんてこんなものだと思ったりもしながら、ペンを片手に原稿用紙の空白を見る。
『いつも思っています』
「これじゃあ、僕だっていつも猫のこと思ってるよって言われそう?」
シュレッダーに流し込んだ。
『好きです。』
「あの勢いの凪桜さんじゃ『それだけ?』って睨まれそう。……今の気持ちには一番近いんだけど」
やはりこれもシュレッダーに流した。
「すぐに気持ちなんて変わる。この手紙を渡すときの自分の気持ちを、少し先取りして書いておこうかな」
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愛しています
この気持ちが強すぎて貴方の重荷になりませんように
一緒にいろんなことを楽しんでいけたらと願っています
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俺は律儀に『榊原凪桜様』と宛名を書き、今日の日付と自分のフルネームを書き、その下に真誠と刻印された朱文印を押した。
封筒に入れて宛名と差出人を書いて、ベッドに戻ったら、凪桜さんは俺の枕を抱いて寝ていた。
パソコンからは、ダンボールから包丁を作るという不思議な動画が流れている。
「こういう思い詰めすぎない、ほどよくいい加減なところも、いいんだよなぁ」
俺は誰も見てないからキザでもいいやと思って、自分が書いたラブレターに心を込めてキスをしてから、凪桜さんの枕元に置き、隣の狭いスペースに自分の身体を滑り込ませた。
安物のシングルベッドは軋んで音を立て、スプリングは頼りない。たまには軋む音に気をつけたり、存分に音を立てたりしながら遊ぶのもいいけど。
次の原稿料が入ったら、しっかりしたフレームと膝立ちしても沈まない硬めのマットレスのダブルベッドを買おう。
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