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相知る温度(16)(side 凪桜)

今日は最終で帰ればいい、そう考えていたけれど口に出してしまうのが寂しくて、真誠さんに聞かれても答えなかった。適当に日が暮れたら帰ろうと思って。 「言わないと、また変なことするよ?」 何か知らないことをまた体験させてくれるのかな。真誠さんに体を預けている安心感に甘えてしまおう。そう思い何度でも夢を見ているようなあやふやな快楽に身を任せた。 「駅まで送る」 真誠さんにはっきりとした口調で言われてやっと現実に戻された。のろのろと起き上がってベッドに座ると真誠さんはサッと服を着てテキパキとゴミをまとめて袋を縛っている。 キャリーバッグからコットンパンツとカットソー、カーディガンを出して着替え、荷物をまとめると顔を洗ってバスルームの鏡を覗き手ぐしで髪を整えた。 「お待たせ」 真誠さんはパソコンの入ってるらしきバッグとゴミ袋を持って玄関に立つと 「キスしたいけど返せなくなるから我慢する」 と外に出た。それには僕も同意する。帰りたくないけど帰らなくてはならないし、多忙な人気作家の仕事を邪魔している自覚はある。あれから忙しくなってるって言ってたし。 ゴミを捨てると真誠さんが呼んだタクシーが待っている。こういうところはスマートでカッコいいから見習いたい。 隣に座って過ぎていく景色を見る真誠さんの顔の輪郭を視線でなぞる。さっきまで僕がパズルの隣合うピースみたいに密着してた場所。シートの上にある握りあった手は僕達の温度になってパズルの輪郭を作る。 あっという間に駅に着いてしまった。伸ばしたい時間ほど短く感じるとか、こういう時こそ無くしたい感覚だ。そして、いつもなら空いてる券売機でチケットを買うけど、わざわざ列の続いているみどりの窓口に並んで一緒にいる時間を伸ばしている。真誠さんは気がついてるかな、そんなこと。 「名古屋まで」 席の希望を伝えると 「並びで二枚!」 真誠さんの顔を見て僕は一瞬驚いたけど、その後は笑ってしまった。 「な、名古屋まで送る」 「いいけど、もう帰る新幹線はないよ」 と、笑いをこらえられなくてクスクス笑ってしまった。 「サイゼリヤで原稿書くから」 「ふふっ……名古屋のサイゼリヤで?」 「……そうだよ」 切符を受け取り笑いながらホームへ向かって歩く。 「真誠さんの行動力にビックリだよ」 「だって……」 「寂しかった?」 「まぁ、そういうこと」 「僕も仕事あるけど家でしたいから、うちにおいでよ」 エスカレーターの上から振り向きながら言った時、真誠さんはあのくるくるした目で喜びを見せていた(と、思う)。

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