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相知る温度(17)(side 真誠)
「僕も仕事あるけど家でしたいから、うちにおいでよ」
エスカレーターの上から振り向きながら言われて、俺は目を見開いた。いいの? 本当に?
途中で凪桜さんの気が変わって捨てられないように、いい子にしていよう。
そう思いながら新幹線の座席に並んで座り、仕事道具とトレンチコートを網棚に乗せ、綿ジャケットを脱ぐと、目の前のフックを無視して膝に掛けて、その布の下で凪桜さんの手を捕まえた。全然いい子じゃないけど、一緒に指を交互に絡めて恋人つなぎをしてくれたんだから、怒らせてはいないんだろう。
空は紺碧色になり、窓の向こうの景色よりも、窓に映る凪桜さんの顔のほうがよく見えた。
ガラスの中で目が合って、凪桜さんは目を細め、俺も少し笑い返す。
笑い返した自分の顔をガラスの中に見て、照れ臭くなって目を逸らした。
「高校生の頃に好きだった人がいてさ」
凪桜さんは唐突に話し始めた。
「バレンタインにこっちからチョコレートを渡したんだ。女性ばかりのチョコレート売り場に果敢に身を投じて、チョコレートを買ってさ」
凪桜さんは綿あめみたいに笑いながら、話し続ける。
「渡したんだけど、返事はなくて。お返しもなくて。だいたいホワイトデーって期末試験のあとで試験休みだっけ? 何かそんな休みと重なるから、電車で一時間かけて通ってる人と会う機会はないんだよね。次の年にはクラスも別れちゃったし、そんなもんかなぁって思ってさ」
「うん。残念だったね」
「それがさぁ、同窓会があって。行ってみたら彼女がいたんだ。『チョコレート渡したの覚えてる?』って訊いたら、『覚えてる。嬉しかったけど、どうしたらいいかわかんなかったんだよね。ごめんね』って。それって、もう少し押せば両思いになって付き合えてたってことか? と思ってさー。なんだよーって!」
凪桜さんは本当に残念そうに笑ってて、俺は笑ってしまった。
そもそも、今、恋人になったばかりの俺と手をつなぎながら、過去の逃した魚を惜しんで嘆いてるこの状況が面白い。俺は『今からでも遅くないから付き合っちゃえば』と励ましたらいいんだろうか。
それはたぶん違っていて、凪桜さんはその人を好きだなと思いながら過ごした時間に、いい思い出がたくさんあるんだ。その思い出や気持ちを、とっておきの宝物を見せるように話してくれたんだと思う。そしてその思い出は、ときどき取り出して眺めると、高校時代のみずみずしい気持ちが取り戻せる、大切なアイテムなんだろう。
チョコレートの返事がなくて、クラスが別々になったあとも、休み時間や放課後に見かけたり、ちょっと挨拶したり雑談したりしながら、気にしないつもりで気になっていたり、胸の内だけで好きだなと思ったりしてたのかなと想像すると、それなりにいい高校生活だったのかなと思う。
「凪桜さん、高校の制服ってどんなだったの?」
「え? ブレザーだったけど。なんで?」
「ううん。訊いてみたかっただけ。そっかブレザーか」
俺は勝手にブレザー姿の高校生の凪桜さんを思い浮かべた。
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