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相知る温度(19)(side 真誠)

 東京だってJRと私鉄、地下鉄など会社ごとにルールは違うし、相互乗り入れで路線図は複雑化しすぎているし、同じホームを発着する電車の行き先が違うこともよくある。乗る電車によって乗車位置が違うのだって珍しくはない。  でも、このシステムは初めて見た。頭上には青や緑や赤の四角いランプが点灯したり、していなかったり。さらには次に来る電車の停車駅が十個くらい描かれた電光掲示板が表示されている。 「どういうこと?」 「隣の青い枠は違う方面へ行く電車のドアが開く場所。緑の所は僕達が行く電車のドアが開く。つまり、ここはホームはひとつで行き先ごとに電車の止まる場所が前後にズレるだけなんだ」 「え? 意味わかんない」 「いいよ、迷子にならないように僕の隣にいて」  すっと腰に手を回してエスコートされて、嬉しくて少し挙動不審になった。顔を覗き込んできた凪桜さんと目が合って、ついにやけるような変な照れ笑いをしてしまう。やばい、これはかなりときめく状況だ。  顔を覗き込まれるのって、マジでときめくよなと思ったりしつつ、緑の四角いランプの下、床に示された緑のラインの内側に並んで立っていると、目的地とは違う行き先の電車がやって来た。その電車は青のランプの下に乗降口が合うように停まり、ドアを開ける。自分たちの目の前はただ客席の窓だけがある。前後にズレる! 俺はようやくシステムを理解した。  乗客が電車の乗車位置に合わせるのではなく、電車のほうが停止位置を微妙に変えて、目的地別に並んでいる乗客の立つ位置に合わせてドアを開けるのだ。こんなプラットホームの使い方があるとは! 「すごいね!」 「新人の運転士だと、たまに間違えて微調整するよ」  次に来た電車は自分たちの列の前で口を開けて、ボックス席のふたり掛けの椅子に並んで座った。  凪桜さんが上着を膝に掛けて、その下で俺たちはまた手を繋いだ。  凪桜さんの手は、俺の手で触れると少しひんやりしている。俺の手が熱すぎないか、一度訊いてみたいと思うんだけど、下手に訊いて手を離す言い訳になったらイヤだから、わざと訊かずに黙っている。ずるい? ずるくたって凪桜さんの手を握っていたいんだ。うるさい。  凪桜さんの手の温度を感じ、その温度が混ざっていくのを感じながら、窓の外を見た。  地下に潜っていたのは名古屋駅のホームだけで、電車はすぐ地上を走り始める。それも高架線の上、そこそこ高さがある。規則正しく光が通り過ぎるのを目で追って、俺もふと思い出した話をする。 「俺、モノレールが苦手なんだ」 「ん? なになに? モノレール?」 「そう、モノレール。どれだけ構造が分かっていても、レールが一本しかないっていうのが心理的にダメで。今、話してるだけでも、手に汗をかく」 せっかく繋いでいる手を一旦離して、ジーンズの太腿で拭き、ふうふうと吹いて冷ましてから、凪桜さんの手が逃げないうちに急いで上着の下へ手を突っ込んで、凪桜さんの手を掴んだ。 「じゃあさ、そのときはまた、こうしたらいいんじゃない?」 凪桜さんはそう言って、また恋人つなぎをしてくれた。  凪桜さんは優しいから、きっとそうしてくれるんじゃないかって下心があったのは、絶対に言わない。うるさいな、言わないったら言わないんだ。  俺、計算高いかなぁなんて思っている間に、地面が少しずつ隆起して線路の高さに近づいてきて、人工的な光の数も少なくなった。 「次で降りるよ」  俺たちは、駅員のいない小さな駅に降り立った。

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