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凪の住処(1)(side 真誠)

 何年経っても、コンドームやローションを買うときは微かな照れと緊張がつきまとう。  まだ何の約束もない状態で、一方的に俺が買ってるのも、ものすごくヤリたいみたいじゃないか。ヤリたいけど。でもその気のない凪桜さんに無理強いは絶対しないし、「真誠さん、セックスのことしか考えてないの?」って凪桜さんに呆れられたり、嫌われたりもしたくない。そして俺は、仕事のことだって考えてる! 明後日が締切!  そんなことをごちゃごちゃ考えつつ、電子マネーで決済していたら、凪桜さんが声を掛けてきた! 「何買ったの?」 「あー着替え」 凪桜さんの目に触れてほしくないものは、先に紙袋へ入れてくれたので無事だった。ありがとう、またこのコンビニで買い物しよう。 「そうだよね、突然のお泊まり! でも、今度は僕が買ったのに。昨日は真誠さんが買ってくれたから」 「いいよ、そんなの」 パンツ一枚買っただけで、ウチに泊まって、あんなこともこんなこともしてくれたんだから、お気遣いなく!  街灯の間隔が広くて暗い道で、ふと凪桜さんの横顔を見た。一泊のつもりが二泊になり、狭いシングルベッドで全身触られまくって睡眠時間は短い。さらに俺が押しかける。俺は、自宅でゆっくりする時間を奪いまくってる。 「突然来ちゃってごめん」 「なんで? 誘ったのは僕だよ」 そうやって優しいことを言うから、俺は調子に乗るんだ。明日はちゃんと東京へ帰るから。ごめんね。  凪桜さんの家は木造の平屋建てで、初めて見るのに郷愁を掻き立てられる。しかもその家の傍らには、年代物の水色のビートルが停まっていた。ナンバープレートの分類番号は二桁しかない。まるでブリキのおもちゃを見たときのような楽しさで、ちらっと車内を覗いたら、エアコンすらついていない。ひょっとしてノーマルのまま乗ってるのかな。  引き戸の重なった部分に鍵を差し込み、招き入れてくれた玄関は土間だった。今どき、土間の玄関を使っている人がいるなんて!  壁には土間の雰囲気に合わせたのか、竹製の手箕(てみ)が飾られていた。脱穀したあとの籾殻を吹き飛ばすのに使う道具だから、かつてどこかの農家で使われていたものを譲り受けたのかなと思う。 「本当に散らかってるんだけど」 そう言って案内してくれた居間は、本当に散らかっていた。  俺も同じくらい散らかすから、そんなのは全く気にならない。むしろ、『ああ、わかる!』と嬉しくなった。  ここには凪桜さんの世界が全部剥き出しになっていた。  文庫本もマンガも写真集も、食べ掛けのまま輪ゴムで留めてあるスナック菓子も、ペットボトルのおまけのおもちゃも、純喫茶で出てきそうな茶色いガラスのコップも、凪桜さんがちょっと好きだなと思う物ばかりが手の届く範囲にあって(たぶんとても好きな物や大切な物は、放置しないでどこかにまとめられているんだと思う)、見回す限り、手を伸ばす限り、楽しいことしかない。  アイスコーヒー用の銅製のマグカップも見つけた。きっと水出しアイスコーヒーを作ったり、丁寧にコーヒーをドリップしたりしているんだろうな。 「凪桜さんの中にいるみたいだ」  俺は勝手に座布団を引っ張り出して座り、天井板や照明、砂壁、畳まで見回した。

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