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凪の住処(5)(side 真誠)

「お風呂はいる?」 なんて訊かれたら、 「一緒に?」 って訊き返すのは、俺としては当然のこと。凪桜さんはちょっと頬を赤くした。 「でも、真誠さんが入ってる間にこの部屋を片付けようかと」 これだけ年月を掛けて築き上げた快適な巣を、今さら俺が風呂に入るだけの短時間に片付けられるとは思えない。しかも俺はこの部屋を居心地がいいと思い始めているのに、凪桜さんはずいぶん気にするんだなぁ。 「いいよ、後で一緒に片付けよ。手伝うから一緒に入ろう」 凪桜さんがイヤだと思うなら、いくらでも気の済むまで付き合うけど。今度、凪桜さんの思い出や好きな物について、たくさんのおしゃべりを聞きながら、ひとつひとつ一緒に片づけていこう。自分の手で捨てられないなら、俺が悪者になって一気に捨ててあげるよ。 「じゃあ一緒に」  願ったとおりの答えに俺は笑顔で立ち上がり、さっさとジーンズを脱ぎ始めた。 「早いよ、真誠さん」 凪桜さんが笑ってくれてよかった。脱いだ甲斐がある。  脱衣かごの前では、凪桜さんも気前よく全裸になって、一緒に風呂場へ足を踏み入れた。 「ハーブ?」 健康的で爽やかな香りが漂っている。 「ドクダミだよ。たくさん取れるから、干しておいて使うんだ」 「ドクダミってお茶にするだけじゃないんだね。お茶も飲んだことはないけど」 胸がすくような香りの中で互いの背中を流し合った。  手じゃなく、タオルでごしごしと。普通に真面目に。俺だって一緒に風呂に入るたびに凪桜さんを襲う訳じゃない。  たとえ、俺の息子がいきり立っていたとしても。  ドクダミ入りゴミネットがぷかぷか浮かぶ浴槽で、膝の間に凪桜さんを座らせた。江戸時代なら「枝が触りますよ」なんて挨拶をして、ざくろ口の中の薄暗い浴槽に手足を入れるのだろうけど、ごめんね、思いっきりすりこぎが触っちゃってる。  凪桜さんは気づいて気にしてないのか、俺のすりこぎなんて大したボリュームじゃないから気づかないのか。そもそも俺より凪桜さんのほうが背が高いから、俺の胸に寄りかかったら、腰は前のほうへ離れてしまうので、あまり関係ないのかな。肩まで浸かって、凪桜さんはふうっと気持ちよさそうなため息をついた。 「いっぱい掃除や片づけをしてくれて、ありがとう」 俺は凪桜さんのしっかりした肩から薄く筋肉の張った二の腕、前腕、手のひらまで、ゆっくりとマッサージした。  以前、若い彫刻家を取材したときは、利き手を背中に回して庇う癖があった。得体の知れない物に触れて彫刻刀を握る手を怪我しないように。 「凪桜さんも絵筆を握る利き手を怪我しないように、気をつけていたりする?」 そっと右手のひらに親指の先を沈めながら訊くと、首を傾げる。 「全身、どこだって怪我はしたくないし、転ばないように気をつけるよ」 「そりゃ、そうだ」 俺が彫刻家の話をすると、凪桜さんは頷いた。 「大学受験前はナーバスになって、そういうことを言う人もいたけど、手を庇ってもインフルエンザに罹ったらアウトだし、結局は何事にも少しずつ気をつけて過ごすしかないよね。小説家はどこを庇うの?」 「頭と手だけは守ってください、と言われたことがあるけど、そのときはそのときかな」 「僕もそんな感じだよ」 凪桜さんはそう言って、俺の背後へ回り込むと、首の後ろをマッサージしてくれた。 「目を酷使する人は、このへんをマッサージするといいんだって」 「気持ちいい」 「一人だと、こんなことできないね」 「うん。二人で風呂に入るのはいい」 「また一緒に入る?」 「凪桜さんがそう言ってくれるなら、毎日でも」 「毎日って」 凪桜さんは小さく笑った。  そう、明日は東京に帰らなきゃ。やだなぁ。

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