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凪の住処(7)(side 真誠)
レモン水、美味いなぁ。
たぶん、東京に帰ってから凪桜さんとチャビ様を懐かしく思って、一人でミネラルウォーターにレモンを絞ったって、こんな味にはならない。
帰りたくないな。
凪桜さんも「もっといてもいいよ、仕事に差し支えなければ」って言ってたし。
仕事には全く差し支えない。打ち合わせはメールのやり取りで、原稿はメールに添付して送信ボタンを押すだけだ。
明日って言わずに、本当にもう少しいようかな。
「一緒でいいよね。ダブルベッドだから昨日よりは余裕あると思うよ」
襖を少し開けてダブルベッドを見せつけられて、俺はチャビ様を撫でる手が止まった。
ごくりと喉が鳴った。
チャビ様に鼻先で手のひらを突き上げられて、再び茶トラ模様を撫でるのを再開しつつ、凪桜さんとチャビ様に質問した。
「チャビ様はいつもどこで寝てるの?」
「夏は涼しい廊下で。冬は布団の上に乗ってくるよ。冷え込む日は布団の中まで潜ってくる」
凪桜さんの無邪気な回答に、俺は笑顔を作って頷いた。
「潜ってきてもらいたいな」
けど。
(チャビ様、とりま今夜はどうする?)
妹一号の家に猫がいて、夫婦で旅行に行くときは餌やりもトイレ掃除もしているし、そのまま猫カフェ代わりにコーヒーを飲み、ダイニングテーブルで仕事をすることもあるのだけれど、まさか夫婦の営みのときに猫をどうしているかなんて、考えたこともなかった。
自然な流れで、何とかなるのかなぁ?
目の前の凪桜さんに訊けばいいのだろうけど、決してチャビ様を除け者にしたい訳じゃない。勘違いされずに訊くにはどうしたらいい?
隣の座布団で丸くなっているチャビ様を撫でつつ思案していたら、チャビ様が立ち上がった。背中を山型に、欠伸をしながらのびをして、俺の周りをぐるりと一周して、あぐらの真ん中に入ってきた。
くるくると尻尾を追うように回って位置を定めると、俺に向かって丸くなる。たまらなく可愛い。
チャビ様は俺を見て、片目だけを閉じた。もう一回。
「え? あ、ああ。チャビ様、今夜はどこで寝る? 俺、凪桜さんと寝てもいい? その……ちょっとうるさいかも知れないけど」
下手な演技にも関わらず、チャビ様は
「にゃあん」
と鳴いて立ち上がり、押し入れの前まで行く。襖の端へ片手を掛けて、まずは片手が入るだけ開け、続けて立ち上がって両手で身体の幅まで開けて、するりと中へ入って行った。気を遣わせて申し訳ない!
「押し入れ、好きなんだよねぇ。開けても閉めてくれないのが困ったもんだ」
凪桜さんは表情も声色も歓迎していない様子だけど、俺は
「猫様のやることだから、しょうがないよね」
とチャビ様に味方した。
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