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凪の住処(19)(side 凪桜)

洗剤と猫砂、猫餌、パスタ、パスタソース、バナナ。あとはどうしようか。肉は違う店がいいな。後でもう一件寄り道しよう。 一通りカートに必要なものを入れると真誠さんの姿を見つけて近づいた。広い店内、ちょうど買い物客はほとんど居なくて店員さんは商品をならべている。 「一緒に探そうか?」 と声をかけたら、夜用のローションを探しているとか。真誠さんの部屋で初めて使った時は意識してなかったけど、昨日近所のコンビニで買ったとわかって、あんなローカルなコンビニでも売ってるのかと驚いた。どこで買える物なのか知らなかったから。 そんな訳だから僕はどう接していいのかわからない。知識も経験もないから任せるしかないのだけど。曖昧な相槌を打って会計の折半を申し出たけど、次回からそうしようと言うことで真誠さんが支払ってくれた。 僕は真誠さんと正直に本音で付き合いたい。手紙の時点で信用してたし、真誠さんは僕自身をさらけ出せる相手だと思う。今までこんな風に思った人はいなかった。自分を見せるって恥ずかしいと思っていた。 憧れの作家というのは差し置いて今は真誠さんのことが本当に大切だ。 「もう一件寄り道するよ、肉屋さん」 真誠さんが車内で 「ものもらいのこと、めんぼうって言うんだってね!」 と楽しそうに話し出して 「ああ、そうだね、僕の周りはめんぼって言うかな」 「僕は方言を知らないから羨ましい。他にも何かある? いろいろ聞きたい」 「急に言われても思いつかないなぁ。実は父が東京の人で僕も小さい時は荒川の下町で育ったから、こっちに引っ越してきた時は言葉が外国語みたいに聞こえたよ。昔はもっと方言が強かったなぁ」 「いいなぁ、両方使えるんだ」 「まぁそうだけど、もうこっちが長いから染まってるはず。そのうち自然に出るよ」 真誠さんと居ると移動も買い物のハシゴも楽しいし肉を選ぶのも二人分だと作りがいがあるからあれこれ買っていこう。 牧場の直売なんて田舎だとあらためて思う。けど楽しそうな真誠さんを見てると僕はむずむずと得意気な感情があふれて、美味しいものを食べてもらおうと思った。レパートリーは少ないけど。 「豚肉専門店があるのか。牛もある?」 「あるよ、少し先に牧場もあるらしい、よくわからないけど」 真誠さんは辺りの畑ばかりののどかな風景を気持ちよさそうに眺めている。 「さぁ、帰って仕事しよう」 と、言って車に乗ってから思い出した。 「そう言えばこの前カルボナーラ作ったよね、あの時、そんなにソースがゆるくて大丈夫って思ったでしょ」 「あれね、思ったよ! でもお皿でちょうど良くなった」 「ああいう感じでソースとかがゆるいのをこの辺だと『しゃびしゃび』っていうね」 「しゃびしゃび、聞いたことない」 「もっとゆるいと『しゃびんしゃびん』」 ケラケラと笑い合ううちに家に着くと、玄関に何か置いてあった。真誠さんは不思議そうに見てるけど、僕は拾って鍵を開ける。 「近所の人が自分の家で使わない物とか食べ物とかくれるんだ。置いてあるのは『お供え』って僕の家では呼んでる」 「すごい、誰からだかわかるの?」 「誰かな? 想像するけど野菜とかわからないことが多いよ。でもまぁいいかなって」 「そんなもんなんだね」 「稲刈りの手伝いしたからね」 買い物を片付けながらお供えされていた黒豆茶をあけてお茶を入れる。 「早速いただこう」 「ありがとう。近所の誰か」 真誠さんは居間で、僕は仕事部屋で今日のノルマを果たさなくては。

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