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凪の住処(22)(side 真誠)
イチャイチャしてるなぁと楽しくなる。
こんなに相手を愛おしく思って、その身体に触れるのは初めてだ。
凪桜さんを下敷きに寝て、呼吸する度に膨らむ腹を感じ、身体の前にある両手の温度を感じ、起き上がり、相手の身体を引き起こすついでに顔が近いからってキスをして。そのままもう一度倒れ込みたい気持ちになったけど、まずは凪桜さんの提案に乗って神社へお散歩。
神社へ向かう道を歩く。好きな人と一緒に。チャビ様も一緒に。
道すがら、過去に好きになった人、付き合った人を思い出した。そうは言っても大した経歴は何もない。
初恋とその次くらいまではろくに言葉も交わせないまま終わり、次第に相手の反応を伺うことを覚え、確証を得てから告白するというやり方も身について、両思いというより合意を得るような感じだっただろうか。
唯一、自分の人生に影響を与えた恋愛を挙げるなら、学生時代に付き合った親よりも年上の男性。尊敬の気持ちはあったが弟子入りというのでもなく、燃え上がるような恋愛でもなく、でも合鍵は渡されていた。その人に読めと言われた本を読み、プロットや下書きを推敲してもらっては小説を書いて投稿し、同時に小さな仕事を積み重ねて吹けば飛ぶような実績とともに小説を売り込んだ。
現代社会の闇を鋭く抉るような小説を書くその人は、俺が二十代半ばに差し掛かると途端に興味を失い、合鍵の返却を求められて、鍵を返しに言ったときは七年前の自分によく似た若い男が部屋にいた。なるほどと思って、その男の手に鍵を渡して黙ってドアを閉めた。
その後も記憶に残らないような出来事ばかりで、生涯そんなものかなと思っていた。
まぁゲイだし。少ないところで探したって確率は低いだろうし。
小説を書いていられたらいい、小説を書いて売ることに貪欲になろう。望み薄な恋愛に多くは望まず、本腰を入れて書き続けた十数年間の熱意と諦めの悪さはかなりのものだった自負がある。もちろんまだまだこれからだけど。
そのくせ、ちょっと大きな賞に内定した途端、凪桜さんに『好きなんだと思います』などと書き送って、ノンケ相手に何をやっているんだ俺はという意味合いでも頭を抱えた。
なのに気づけばこんな穏やかな散歩をしている。神社で手を合わせ自然に願ったのは、三人のこと。この時間が続きますように。
帰り道も先導して歩くチャビ様のピンと立った尻尾を見ながら、隣を同じスピードで歩く凪桜さんを思いながら、ふと呟いてしまった。
「家族みたいだ」
ああ、何を言ってるんだろうと思ったが、自分の足元を見ながら、坂を下っていた凪桜さんは
「そうだね」
と言った。俺は今まで何度か言いかけてはやめていたことを言ってみた。
「俺、ここに引っ越してきてもいい?」
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