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潮騒のファミリー(2)(side 凪桜)

改札から離れて、たまにはどこかに寄ろうかと考えるけれど食べたいなと思うタイカレーもベーコンののった柔らかいパンケーキもせっかくなら真誠さんと行きたいと思ってしまう。 行くあてなく辿り着いた新しい商業ビル。最近、こういう所が沢山できてるらしいけど服にはあまり興味が無いし雑貨もいらない。自分の居場所が見当たらない。 華やかな売り場を全部通り抜け安心できそうな本屋を見つけた。ワンフロアほぼ本屋とは贅沢だ。 何を探すでもなく端から順に歩く。専門誌のコーナーはあまり人がいないから気になるものがあるとそこでとどまることが出来る。親切に椅子が置いてあるのは、座って読んでいいということなのか。 人文、語学、コンピュータ、資格、芸術、ビジネス、地図、文芸……。 あ、真誠さんの新作。平積みで書店の人のおすすめポップ付きだ。 『まるで大正時代を生きているような気分を味わえる!』と大きく目を引く手書きの文字。目立つなぁ。注目作、きっとたくさん売れるんだろう。 そして僕が書いた表紙。地味だけど真誠さんは気に入ってくれた。 表紙を見つめたまま立っていたら横から手が出て真誠さんの本を取ってレジに向かった。きっとファンの人だ、開きもせずに買っていった。顔は見えないけどたくさんのファンがいるんだよね。すごいな。 真誠さん、いまどの辺かな。 ふと思い出し持っていた本を置いて本屋を後にした。 家に帰るとチャビが座布団の上に丸くなっている。珍しいな、陽の当たるところじゃなくてそんなところで。そこは真誠さんが座ってたところだ。 「チャビも真誠さんのこと好きなのか?」 チャビは無言でチラリと目を向けて、また目を閉じた。 「さて、片付けでもするか。洗濯も」 洗濯機を回してから真誠さんの部屋になる予定の和室に入り窓を開ける。冬用の布団は干してこよう、縁側でいいかな。それから扇風機は縁側の物入れに多分入る。とりあえず、要らなそうなものはまとめて捨てに行こう。 洗濯を終えた音が鳴るまで無心に片付けたらだいぶマシになってきた、気がする。洗濯物を干そう! 僕のパジャマと真誠さんに貸したパジャマ。真誠さんはたぶんスウェットを持ってくるよね。僕も昔はTシャツとか短パンとかで寝てたけど、なんでパジャマになったんだっけ? ……あ、そうだ、ずっと家にいる生活でメリハリがないからちゃんと着替えようと思ったんだ。小さい頃はパジャマ着てて、なんかかっこ悪いって中学くらいで思ってからTシャツになったんだ。 よし、ゴミを捨てに行こう、それから洗濯用のハンガーも買ってこよう。真誠さんが来たら足りなくなる。それから土間用のスリッパと箸もいる。 なんて考えながら車にゴミを積んだけど 「本当に来るのかなぁ」 浮かれてた気持ちが急に不安になってしぼんでいくみたいにやる気が失せてしまった。 車の前で立ったまま動けなくてため息をついたらチャビがどこかに出かけていくのが見える。 「チャビ、どこいくの」 「うにゃー」 行ってしまった。 なんだろ、一人で舞い上がってる気がする。 脱力した足で家に戻ろうとしたらジーンズの後ろのポケットからスマホの振動が伝わってきた。

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