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潮騒のファミリー(3)(side 真誠)
「あんた写真くらい見せなさいよ。持ってるんでしょ?!」
姉の手が喉を突く勢いで差し出されて、顔を背けたら頬をつまんで引き戻された。
「ほうりょくはんらい !」
俺が逆らっている間に妹1号が胸ポケットからスマホを引き抜き、妹2号が俺の人差し指を捕まえて、指紋認証でロックを解除する。
「ホーム画面にしてるー! 猫ちゃんのお名前は?」
「チャビ様。返せよ!」
「家族のグループに送ってからねー」
直後、その場にいる全員のスマホが同時に鳴動した。
「勝手に拡散するなよ!」
「そ・れ・でっ、ウチのお兄様は受けと攻めどっちなのかな~?」
妹2号は自分のスマホに受信した写真を見ながら歌うように言う。
「言うか、そんなこと!」
妹1号は俺のスマホを操作して、谷中で撮った写真も家族全員に拡散させ、さらにネットで凪桜さんの名前も検索する。俺だって検索したことないのに! ごめん嘘、一回だけ検索した! 三回くらいかも!
「凪桜さん、美人だよねー。凪桜さんが受けかなぁ? いやいや、でもお兄のほうがちょっと背が低いのか」
「やっぱここは冴えないお兄が受けで、王子様に開発されていくパターンじゃね?」
「なるほどー。後宮があって女には不自由しない王子様が、たまには変わった味を試したいと思うのか。アリだね!」
「でも王子様が所望して国中の男たちの中から選ぶとしたら、お兄はねぇだろって思うから。姉や妹の身代わりで女装、後宮に入ったけどバレて、庭に逃げて王子様と鉢合わせるほうが自然じゃね?」
「いいねいいね。珍味に興味を示す王子!」
「珍味!?」
俺が珍味ってどういう意味だ!
「『マコトよ、後宮にいる女たちと同じことができるならば、このままこの城に置いてやろう!』」
「当然、性技を仕込まれて。指導官たちによるモブレもありかな」
「モブレいいねー! すっかり身体に覚えさせられてからの、王子様によるお清めセッセ」
「モブレ……? セッセ?」
黄色い化学雑巾を思い浮かべつつ、たぶんわざわざ意味を知る必要のない単語だと思い直して口を噤んだ。
「王子様って毒味されたあとのご飯を食べるのはきっと慣れてるじゃん?」
「うんうん。モブにお手つきされても、お風呂につけて温め直したら食えるよね、きっと」
「ついでにお風呂係が触手で、全身くまなく洗ってくれるっていうのはどう? 中まで全部!」
「あー、それいいね! 尿道責めもアリで!」
「尿道……」
想像するだけで痛みに意識を失いそうだ。
ふっと遠い世界へ意識を飛ばしていたら、背後から水道水に濡れた手がビシャンと俺の頬を挟んだ。そのまま右手は前に、左手は後ろに捻られて、唇が歪む。
「ふおっ、はへほ っ!」
「お姉ナイス」
妹1号は、俺のスマホですかさず写真を撮り、そのまま送信ボタンを押しやがった!
「何やってんだバカ!」
俺が見たときには、もうひしゃげた顔が凪桜さんとのトークルームに表示されていた。しかも水族館のガラスに頬を押し付けたマンボウみたいな顔だ、酷い。
「ようやくここまで漕ぎ着けたのに、破談になったらお前ら全員に慰謝料請求するからな!」
「マコの寝顔に耐えられるなら、このくらいの顔は平気よねぇ」
母親が画面をちらっと覗いて、笑いながら台所へ戻っていく。
「え、嘘? ちょっ、おかあ、マジ?」
椅子の背もたれに手をかけ、後ろを振り返って母親を見る俺の隣で、妹1号がうんうんと頷く。
「うんうん。この程度でダメなら、同居なんて最初から止めといたほうがいいよ。引越し費用がもったいなーい」
「マジかよ?」
「あー、こりゃ大したことない。寝顔のほうが酷いわ」
妹2号にトドメを刺されて、俺はすっかり意気消沈した。
スマホが震えて凪桜さんからの返信があり、吹き出しの中には
『ありがとう。元気出た。皆さんによろしくお伝えください。ゴミ捨て行ってくる』
と表示され、さらに少女マンガのキャラクターかなのか、巻き髪姿の子が『おーいえー』と左のこぶしを突き上げているスタンプが添えられていた。
凪桜さんが落ち込んでいたなんて知らなかったけど、笑ってくれたならよかった。ときどき変な顔して見せてあげよう。すでに寝顔を見て笑ってんのかな。
「マコ、棚の上からお鍋を出してちょうだい。三つともね」
「三つ? この鍋四人用だよ?」
俺は踏み台に乗って棚の上を見渡し、テフロン加工の電気鍋の箱を姉と妹1号2号に一つずつ手渡した。
「だってウチの旦那も、お姉の旦那さんもチビーズも来るし、凪桜さんも来るでしょ」
「凪桜さんは来ないってば」
「早く呼びなよ。名古屋から来るなら、もう連絡しないとご飯の時間になっちゃう!」
「お肉、いいやつにしたんだからね! 木の箱に入ってるお肉なんて、今日だけなんだから!」
「卵だって、名古屋コーチンの卵買ったのよ!」
母親も姉も妹たちも同じ声をしていて、一斉に話しかけられると誰が何を言っているのかわからない。
指揮者のように両手を振って場を鎮めようとしたとき、妹1号が俺のスマホに耳を当てた。
「こんにちはー。小日向真誠の妹1号ですぅ。あと三時間くらいで晩御飯にするんで、凪桜さんもいらっしゃらないかなって思いましてぇ」
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