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潮騒のファミリー(6)(side 凪桜)
「今日、真誠さんを見送ったのがずいぶん前みたいに感じてるんだ」
タクシーに乗って、繋いだ手を横目で見ながら朝から今までを思い出した。
「会えて嬉しい。絶対に大変な思いをさせるし、俺自身も気は進まないけど。でも、凪桜さんを家族に自慢できるのはやっぱり嬉しい。来てくれてありがとう」
会えて嬉しい。真誠さんにそう言われて存在を確認するように手を握り直した。
「うん、来てよかった。家に一人で帰ったらなんだか夢から現実に戻ってきたみたいで、真誠さん本当に引っ越してくるのかなって思っちゃって、なんとなく落ち込みかけてた」
それさえも遠い時間のように感じている。そんな自分のことがおかしくて少し笑った。
「なんで? いってきますって、すぐ帰るからって言ったのに」
「うん、でも落ち込みかけた時にあの変顔の写真が送られてきてさ。現実なんだなぁって。元気になったよ」
そう言って心配そうにしている真誠さんの顔をのぞき込んだ。
「あれさ、妹が勝手に送った。そういうことばっかりするんだよ。兄に敬意とか無いしめちゃくちゃなんだ」
「愛されてるんだと思うけど。好きだからそういうことするんでしょ」
「そういうのとは違うと思うけど……」
違わないと思うよ。かなり愛されてる。だって関心がなかったらみんな集まらないしかまったりしないよ。大事な存在だから、どんな相手なんだと心配してるんじゃないの?
真誠さんの家は税理士事務所なのか。そういう話は何もしてなかったなぁ。タクシーを降りて事務所の戸の文字を読んで初めて知った。
事務所の入口を過ぎ、自宅専用のドアを開けて入った瞬間に
「おかえりーーー!」
と、たくさんの声が重なって聞こえた。階段から勢いよく降りてきたのは女の人のばかり4人と子どもが数人後ろから覗いていて真誠さんが
「もうっ! まだ、ただいまも言ってないのに」
という間にたくさんの声が重なった。
「はじめまして、凪桜さん」
「こんばんは、イチコです〜」
「おお、凪桜王子!」
「あら~~ま~!!」
思わず後ろに下がりたくなるような勢い。すごいな、真誠さんが立ち向かえない訳がわかった気がする。僕も立ち向かうのは無理だと思う……。
「はじめまして。榊原凪桜です。夜分にすみません」
一言発するだけでも大変だ、タイミングがわからない。どんどん言葉が降ってくる。
「あら~遠くからお疲れさまね、上がって上がって」
「お客さんのスリッパどこー?」
「凪桜さん細ーい、背高ーい」
「マコ、荷物持ってあげなさいよ~」
これだけ賑やかだと逆にあまり喋らなくても良さそうだから、なんとかなるんじゃないかな。
「あの、愛知のお土産を持ってこれなくて。少しですけど皆さんでどうぞ」
「さっきいただいたのよー赤福、ごちそうさま」
「わーい! うなぎパイだって」
「聞いたことあるけど食べたことない、夜のお菓子!」
「なにそれ、夜のお菓子? 意味深~」
真誠さんと僕は階段を上がりながらちらっと目を合わせた。真誠さんは申し訳なさそうにしてるけど、僕は大丈夫だと言うように笑って見せた。
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