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潮騒のファミリー(7)(side 真誠)

 こいつらは春先の雪か? ぽったりと白く、ドアを開けた途端、雪崩のように鼻先まで迫ってくる。 「はい、こちら榊原凪桜さん! ちゃんとした挨拶は上で」 全員を二階へ追い立て、自分も凪桜さんと一緒に行くと、ダイニングの椅子が一つだけ、シーツと思われる白い布で覆われていた。背面はハートや星の折り紙が貼ってある。その器用さとアイディアは、どうやら妹1号2号も関わったと思われる。 「凪桜ちゃん、ここに座って!」 姉の子どもは二卵性双生児で、男の子と女の子だ。まとめてチビーズと呼んでいるのだが、その二人が凪桜さんを椅子へ誘導する。  凪桜さんが素直にそこへ座ると、チビーズが両手を後ろにもじもじと肩をくっつけあって並んで立った。 「「せーのっ、凪桜ちゃん、ようこそいらっしゃいました。王子様のかんぶりどうぞ!」」 背中の後ろに隠していた冠を凪桜さんに手渡した。工作用紙にか何かにアルミホイルを貼り付け、後ろはサイズ調整用に輪ゴムをつけて、カラフルな油性マジックで宝石の絵を描く。懐かしい、子どもの頃みんなでよく作った。 お遊戯会のような冠を、凪桜さんは「ありがとう」と笑顔で受け取り、素直に自分の頭にのせた。 「あんたたち、寒ブリじゃなくて、かんむり」 姉が笑いながら訂正しつつ、ブリの切り身を放射状に並べた皿も持ち出した。 「お肉は一人五百グラム買ったんだけど、やっぱり肉だけじゃたりないかなって思って、ブリも買ってきちゃった。お肉を食べつつ、ブリもすき焼きで食べようね」 「お肉五百グラム……で、さらにブリ……」 凪桜さんが小さく呟くと、姉が心配そうに凪桜さんの顔を見る。 「たりないかしら。もし足りなかったら、お寿司かピザでも頼みましょ。あ、シメはうどんとご飯も用意してるから、好きな方を選んでね」 「いいえ、食べ切れるのかなって」 凪桜さんは引きつった笑みを浮かべつつ、小さく首をかしげた。 「お肉、五〇〇でしょー? よゆー、よゆー!」 妹1号が親指を立てて笑う。 「薄い肉だから、鍋に入れちゃえば食べれますって」 妹2号もニヤリと笑う。 「真誠は食が細いけど、ウチの家族は皆よく食べるから。これ、凪桜さんのお肉は外側に名前を書いておいたからね。死守してね!」 木の箱の側面にナギサと書いた箱を手渡されて、凪桜さんはよそ行きの笑顔で「はい」と両手で受け取った。 ちなみに鍋三つと、両親、姉夫婦、チビーズ、凪桜さん、俺、妹1号夫婦、妹2号の十一名では、さすがの中華テーブルではたりなくて、隣接した和室に座卓を置き、鍋をひとつ置いて、姉夫婦とチビーズがそちらで食べることになった。  チビーズは子ども用椅子を強引に使わされ、身動きが取りづらいので、凪桜さんに視線を送り、目が合うと手を振るのを繰り返した。  鍋は俺と凪桜さんと母親でひとつ。実質母親が世話を焼いてくれた。一番まともな鍋が食えるパターンだ。  父と妹1号2号の鍋は、妹1号には大量の肉が食える好都合な鍋となる。妹1号は絶対一キロくらい食う。  鍋に牛脂を滑らせながら、妹1号の鍋はすでに大変なことになっている。 「牛脂、十個入れてー。あとでプリプリになったのを食べるーん!」 妹1号の命令で、本当に牛脂が十個投入され、早くも溶けた牛脂が鍋底にひたひたとしている。肉を入れたら焼けずに揚がる。  母親の安定した手つきを見ながら、思い出したことを話す。 「ウチ、幼稚園から大学まで全員国公立なんだけどさ」 「皆、優秀なんだね」  俺は苦笑して首を振る。 「『肉を食いたきゃ国公立!』っていうのがスローガンだったんだよ。学費をとるか、食費をとるかって」 「ええっ」 「親に家計を全部公開されてさ、一人でも私立に行った場合は何年間は牛肉は食べられず、豚肉こま肉ならこれだけ、豚バラ肉ならこれだけ、鶏もも肉ならこれだけ。寿司とピザのデリパリーは何ヶ月に一回、そのほかは各自アルバイトして稼いだお金で家族に振る舞いなさいって」 俺の話に妹2号が頷く。 「自分はそんなに食べなくても、私立に行った時点で恨みを買う連座制だから、やべぇってなるよね。『夢咲工房』っていうのを立ち上げて、う〇ちグッズを作ってイベントと通販で売り出して、そのお金で予備校の夏期講習行ったりしました」 「う、んち?」 凪桜さんの不思議そうな表情に、妹2号は食事中にも関わらず立ち上がり、自分の部屋から大量の見本品を持ってきた。  うんちのシルエットに様々な動物をあてはめて解説文を添えた『う〇ち動物園』シリーズが主力商品で、アクリルキーホルダー、ペンポーチなど多彩な商品展開をしている。 「お兄にも柴犬モチーフで作ってあげたんだけど、使ってないね?」 「カバンの内側にぶら下がってる。いい歳した男にあのイラストは可愛すぎる」 妹2号はまぁまぁ納得した顔で頷き、話を続けた。 「大学入ってからは、イチコちゃんと一緒に本格的に小説を書き始めて、イベントで同人誌を売りつつ、それぞれプロデビューもして、卒業する頃には実家暮らしなら生活できるくらいになったので、就職活動はしないまま今に至るという訳です」 まずは焼けた肉を一枚、濃厚な溶き卵に潜らせて食べていたら、凪桜さんが至極真っ当な質問をした。 「イチコさんとニコさんも、小説を書いてらっしゃるんですね。真誠さんと同じ時代小説ですか?」  その瞬間、俺は背筋が凍りつき、妹1号2号の目は光った。

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