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潮騒のファミリー(8)(side 凪桜)

僕がイチコさんとニコさんに小説の質問をしたら真誠さんの顔が引きつった。どうしたんだろ。 声を掛ける間も、深く気にする間もなく 「凪桜さんはBLってわかります?」 と質問された。 「おいっ! いきなりそんなこと聞くな!」 真誠さん、ますます様子がおかしい。でもまた声を掛けようとしたら 「いいじゃない、せっかく興味持ってくれたんだから」 と声が被ってくるから 「なんとなくわかりますよ、男同士の恋愛を書くジャンルですよね」 と何気なく答えた。それくらいならわかる。 「そうそう! 私もニコもBL作家なんですよ~」 真誠さんはあーもぅ……と小さくうなだれ、イチコさんとニコさんは目を輝かせている。 なんとなく話題を変えた方がいいと感じた僕は、食べ頃になった肉を卵に付け口にして 「わーお肉柔らかくてとろけますね。名古屋コーチンの卵なんて地元でもなかなか食べないんです。嬉しいなー」 と、わざとらしいかもしれないけど次の肉も箸にとった。 「で、ですねー。私の書いてるシリーズ物の作品があるんですけど~これがなかなか好評で、主役が」 「あー! わー! 凪桜さん、なんか飲む? 烏龍茶か梅酒?」 真誠さん、やっぱりなんか変だな。妹さんと話すとまずいことがあるのかな。先に聞いとけばよかった? 「あ、梅酒のみたい」 「おい、イチコ! 凪桜さんが梅酒のみたいって、氷!」 「はいはい」 無理やりイチコさんを氷のために席を立たせたら、すかさずニコさんが 「その主役はマコトっていうんですよ」 と言った。真誠さんはニコさんをにらみながら口をパクパクさせている。僕に聞かせたくなかったのか、すごく怖い顔してる。 「真誠さんがモデルなの?」 「名前だけですよ~。お兄がモデルなんて全然捗らないわぁ」 「じゃあ名前も使うなよ!」 ムキになってる真誠さんに 「名前くらいいいんじゃない? 顔出すわけじゃないし」 って言ったら少しだけ悔しそうな顔で 「そうだけどさ……」 と妹たちをにらんでいる。これも愛情表現だと思うけどなぁ。自分じゃわからないんだろうな。 家族の前でしか見せない真誠さんの顔、子どもみたいでかわいい。 「凪桜さんはそういうの、読みます?」 「いや、まだ読んだことないけど」 「じゃあお兄に私の新作を献本したからぜひ読んでほしいな」 ニコさんが笑顔で僕と真誠さんを見比べた。真誠さんはまた口を尖らせて何か言いたそうだ。 「真誠さんの後に読ませてもらおうかな」 真誠さんにまぁまぁと言う気持ちを込めて微笑んで見せた。僕の顔を見た真誠さんは、ちょっとだけ表情を緩ませ肉を噛み梅酒のソーダ割りをゴクゴクと飲んだ。 「読まなくてもいいよ」 目を伏せて頬を膨らませて不貞腐れる真誠さんを見てふと思い出した。 「そう言えば、学生時代の仲間がLINEスタンプを作っててなんとなく買ったんだけど、それがBLのキャラクターらしいんだ」 「えっ、そうなんですか?」 声を揃えて妹達が驚いた。双子って揃うんだね、本当に。 「でもそのスタンプ、どう見ても男の子と女の子にしか見えなくて、気になったからいろいろ聞いてみたんだけど」 真誠さんも僕の話は興味深く聞いてくれてる。妹たちも興味ありそうだから話を続けた。 「伝説のBL作家さんがいて、一作は完結しててもう一作はまだ途中で止まってるんだって。でも作品はネット上にあるから長く読み継がれていて、でもどこにも出てこないし最近は更新もされてなくて謎らしいんだけど」 「もしかして、それさっき送ってきた『おーいえー』とか『よろしくなのーん』てやつ?」 真誠さんが画面を見せてきたから頷きながら話を続けた。 「そうそう、で僕の友達が探し出して了承を得て2種類作ったらしい」 「なんて作品なんですか?」 「作者さんの名前は?」 「えっとね……」 スマホを見て確認して 「有平宇佐……さん、銀杏白帆とっ」 いきなり口に肉が突っ込まれた! 「凪桜さーん! お肉足りてる? どんどん食べてね! お酒は飲まないの? ブリも美味しいわよ!」 隣の和室から姉のレイコさんがやって来て僕の横に立っていた。 口の中でいっぱいの肉をむぐむぐとしながらうなづいて返事をするけど、何? どうしたの? わけがわからない。 周りのみんなも突然の出来事に、ずっと動かし続けていた食べる手が止まっている。 「お姉!! 凪桜さんになにすんだよ!」 「あらーお話ばっかりして食べてないからよ」 妹達は二人でこそこそ話をしながら僕達を見て目を輝かせている。なに? なんなの? 詰め込まれた肉を飲み込みレイコさんの顔を見ると意味ありげにニッコリと笑顔を見せて、口をぱくぱくと動かした。そして何事も無かったかのように和室の子どもたちのところへ去っていった。 「なんだよ、お姉。凪桜さん大丈夫? ごめんね」 「うん、全然大丈夫」 なんとなく僕だけわかってしまったかもしれない秘密がある。 「才能豊かなきょうだいだね」 小さな声で言いながら、人差し指で真誠さんの口の端の汚れを拭き取った。

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