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潮騒のファミリー(11)(side 真誠)

「アタマポンポンオウジ、ニンキモノ。シットノアラシ、チンミ、ワナニハマッテ、カンゴクプレイ」 「もう一波乱あるのかよ!」  俺がちょっと立ち上がった隙に、ちびーずがお絵描き帳と色鉛筆を持って、凪桜さんの隣の俺の席に座ってしまった。 「凪桜ちゃん、お姫様描いて!」 周りの大人たちに食器を避けてスペースを作ってもらいながら、ちび姪がテキパキとお絵描き帳を広げた。 「描けるかな。あんまり描いたことないけど」 そう言いながら、細い指に色鉛筆を手に取った。  母も姉も妹1号2号も集まってきて、その手から生み出されるお姫様を見守る。  卵形の丸に十字線、手足を示す棒、そんなところから始まって、遠くを見つめる眼差し、バラ色の頬、珊瑚のような唇、真珠のような肌と描き込まれ、ポンパドゥール夫人のように装飾過多な巻き髪のリボンと、フリルたっぷりな襟元、膨らんだスカートは、少しくすんだ若草色に塗られ、絹の光沢が与えられる。  子ども向けのアニメとも、少女マンガとも違う高貴なお姫様の完成には、自然と拍手が沸き起こった。 「さすがだなー。ってか、お前らプロに気安く描いてって言うなよ」 俺は凪桜さんが座る椅子の背もたれに肘を掛け、今さらちびーずに釘を刺す。 「これは仕事じゃなくて、遊びのお絵描きだもんね」 凪桜さんはとりなすように笑ってくれる。その優しさにちび甥がつけあがった。 「仮面ライダーは? 描ける?」 「今の仮面ライダーってどんな感じなんだろう?」 「本持ってくる!」 ちび甥が和室へ本を取りに行く隙に、ちび姪は凪桜さんの膝の上に座ってしまった。俺だってまだそんなことしてないのに! 「こういう姿のほうが描き慣れなくて難しいんだよね」 ちび甥のイチオシらしいページとお絵描き帳を見比べながら、難しいというくせにさらさらと大まかな形を写し取り、特徴的な触角や複眼、腕時計のベルトをモチーフにしたスーツを描き込んで陰影をつけ、一色で仕上げてしまった。 「すっげー!」  戦隊ヒーローに興味がないちび姪は途中で姉のところへ行き、姉も熱心に見入っているのでつまらなくなって義兄のところへ甘えに行ったが、父親も義弟もいつも間にか皆の輪に加わって、何もない紙の上に戦隊ヒーローが現れてくる不思議さに目を奪われていた。  全員が肩の力を抜き、ほうっと息をつく。それからようやく気づいて拍手喝采をした。 「これ、額に入れて玄関に飾っていいかしら」 姉はそう言うなり、ぴったりなサイズの額を二つ持ち出してきて、お絵描き帳から切り離したお姫様と仮面ライダーを額におさめた。 「お姉、なんで額なんか持ってるの?」 「ちびーずが力作を描いたときように、まとめ買いしてあるのよ」 言われてみれば階段の壁にも同じ額が並んでいた気がする。兎にも角にも凪桜さんの絵は姉の手によって玄関まで運ばれて行った。 「いやー、マジですごいわ。あんまりすごいから真剣に見ちゃって、またお腹空いて来ちゃった。紅茶に淹れかえて、モンブラン食べよう」 餅のような腹を撫でつつ台所へ向かう妹1号の発言に、凪桜さんは目を見開いた。  俺も母や姉にこき使われるまま、テーブルの上の食器を片付け、紅茶とモンブランを運ぶ。 「これ、おとうの分ね」 おとうは夕方以降にカフェインを摂取すると夜寝られないらしく、この時間はいつも白湯を飲む。  たこ唐草紋様のマグカップをおとうの前に置いたとき、おとうは唐突に口を開いた。 「真誠。あなたは凪桜さんと結婚する覚悟で一緒に暮らすのか」  俺は一瞬答えに窮した。そういうことをあまりはっきりさせすぎず、軟着陸を目論んでいたから。凪桜さんの重荷にならないように。  でも、俺の本音は一つだ。 「うん。彼と家族になりたい」

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