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潮騒のファミリー(13)(side 真誠)
家族が一気に湧き上がる中、俺は必死で言葉を探した。こんな騒ぎは俺も、そしてたぶん凪桜さんも望んでない。
俺は両手を上に挙げて振り、それから賑やかな空気を握るように拳を作った。
「ありがとう。俺は凪桜さんと家族のように暮らしたいけど、階段を上るような荒っぽい進め方は望んでない。緩やかに坂道を登るようにやっていきたいんだ」
何を言い出したんだこいつ、という空気の中で、俺は言葉を探した。
「派手なことや賑やかなことは望んでなくて、気づいたら五年経ってた、十年経ってた、そういうのがいい。静かに、大切にやっていきたい。だから仰々しいことは何もしないし、書類上のことも当面は何もしない。それでもお祝いしてくれた皆には、本当にありがとう。嬉しい。そして訳も分からず新幹線に飛び乗って来てくれた凪桜さんも、ありがとう。感謝します、以上!」
まだ静かなままの部屋の中で、父親が立ち上がった。
「真誠、よく報告に来てくれた。凪桜さんも来てくださってありがとう。素晴らしい方だから、真誠では物足りないかも知れないが、私たちなりに懸命に育てた息子です。よろしくお願いします。私たちはあなたたちのことを常に思っているから、何かあればためらうことなく連絡してください。役に立ちたいと思っているから。ね?」
俺と凪桜さんを交互に見ながら、おとうはにこにこ穏やかに話し、自分の席に戻った。
「さあ、ケーキを食べよう」
それでまた賑やかになって、凪桜さんは王子様を描かされ、額装されて玄関に貼りだされ、俺はケーキの半分を妹1号に食われつつ、妹2号の呪文に抗い、姉に変顔を撮られ、おかあに漬け物と梅酒を持たされた。
「ニコは、また明日。引っ越しの荷物で俺が持って行くものと、置いて行くものを相談しよう」
「お昼頃行く」
じゃあまた、おやすみなさい、凪桜ちゃんまたね! 静かな夜の商店街で見送ってくれた家族たちと分かれ、三両編成の小さな電車に乗る。二駅で最寄り駅につき、川沿いのマンションへ帰った。
引っ越し会社の言う通り、玄関ドアの前にひよこマークのダンボールが束になって置かれていた。
「一気に荷造りしちゃうから、風呂とかいろいろセルフサービスでやって」
俺はダンボールをまとめて十個ほど組み立ててハンガーごと衣類を突っ込んでいく。春夏秋冬ハンガーラックに掛けっぱなしだから、ただハンガーラックと書いて仕分けする。プラスチックケースの引き出しに番号を振り、対応する中身をダンボールに突っ込んだ。
デスクと椅子、プリンターには養生テープを貼り、愛知行きと書く。引き出しの中身は衣類と同じように番号を振り、対応する中身をダンボールへ突っ込む。
問題は本棚だ。自著は今後の営業活動に必要だから、緩衝材を入れてしっかり箱詰めする。
あとは絶対に手離したくない詩集と小説、大正時代に書かれた間取りの本、明治時代のレシピ本、いくつかの婦人雑誌、女優劇のパンフレット。江戸時代の復刻版の黄表紙、古地図。自作の物価換算表。
本来なら七年間も世話になった師匠の本も持っていくべきだろうが、縛ってマンション内の資源置き場に積み上げた。
結局買わない腕時計のカタログなども処分しながら、凪桜さんに話し掛けた。
「食器類、持って行かなくていいよね」
ベッドの端に座っていた凪桜さんは、小さな声で言った。
「本当に引っ越してくるの?」
「うん。都合悪くなった?」
「田舎だよ?」
「知ってるよ。買い物には便利な場所だし、景色も空気も綺麗で、いいところだ」
「繁華街も商店街もないし、居酒屋も遠いよ。田んぼばかりで、蛙が鳴くよ? 虫も出るし、ウチ、今どき土間だよ?」
「うん」
凪桜さんは普段、愚痴は言わないし、ポジティブな言葉を選んで使う人なのに、急にネガティブな言い方をし始めて、おやと思った。
「どうしたの? 俺と暮らすのは気が重くなってきちゃった? だったら、凪桜さんの家の近くに物件を探すよ。それもダメ? 今のまま愛知と東京の距離の方がいい?」
凪桜さんの肩を抱いたが、凪桜さんの表情は晴れなかった。
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