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潮騒のファミリー(15)(side 真誠)
「二人ともが一緒にいたいと思えるなら、方法はいくらだってあるよ」
俺は凪桜さんをしっかり抱き締めた。
「俺たちは、凪桜さんが思っているよりもずっと、どこへ行って何をしてもよくて、自由だよ」
俺のほうこそ不安に思っているかもしれない。東京から離れて暮らしたことがない。電車は三分間に一本来るのが当たり前で、コンビニエンスストアは数十メートルごとにあって、ファミレスもコーヒーショップもいくらでもあり、車なんて持っていても邪魔なだけ。空は国道の幅一杯しかなく、川はコンクリートの溝を流れている。
この街から出る勇気があるのか。
答えは否だ。
水が美味くなくても、自分にとってはビルの狭間でかくれんぼや鬼ごっこをした街だ。よそから来た人に住みにくいと言われようとも、ここは俺の故郷で愛着もあり、離れがたい。
でも凪桜さんとの縁ができたから、今はするりと旅立てる。凪桜さんに東京は似合わない。この騒音と汚れた空気、忙しなく動く時計の中にいたら、きっと具合が悪くなるだろう。
「サナトリウム文学みたい」
自分の思考を俯瞰して俺は笑った。
「サナトリウム?」
「俺もマリッジブルーかな、ちょっと変な思い詰め方してる。一緒にお風呂に入ろう」
凪桜さんの頬にキスをして立ち上がり、風呂に湯をためた。
温かい湯の中で凪桜さんを脚の間に座らせ、肩に掬った湯を掛けたり、キスを交わしながら過ごす。
「家族って不思議だ。いつもはうるさい、うっとうしいと思うのに、離れると思うと少し寂しい」
子どもの頃は風呂に入ると指先に呪文が浮かんでくると妹たちと一緒に信じてた。自分と凪桜さんのふやけた指先を見ながら俺は笑った。
「年に何回でも、帰ってくればいいよ。二時間ちょっとの距離なんだから」
「そうだね。……あ、いつか具合悪くなりたいな。『もう東京の水も空気も合わない。俺はすっかり凪桜さんちの子になった』って」
「なにそれ、変なの」
凪桜さんは首を傾げて笑っていたけど、俺はそんなふうに言える日が楽しみで仕方ない気がしてきた。
よそ者じゃなく、凪桜さんの隣にいるのが当たり前になって、一緒に空を見上げて自分たちなりのいい加減な天気予報をしあったり、それが大ハズレで洗濯物を取り込んだり。諦めて次に晴れたときに自然に乾くんじゃないと投げ出してみたり。
「やっぱり凪桜さんと暮らすのは楽しみだ。俺のこと、あなたのテリトリーへ連れてって」
「うん、来て」
柔らかな返事が返ってきて、俺は凪桜さんにタンデムのように抱き着いた。
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