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今年も猫年(6)(side 真誠)
塩もみしてから、甘酢。なるほど。
きゅうりの塩もみが好きだから、塩もみは俺に任せろと言いたいが、なかなか凪桜さんのような塩加減にはならなくて、試行錯誤は続いている。来年は調味料の目分量が上手くできるようになりたい。
今もまだ紅白なますに入れる人参を見て、本当に本当に本当にこんな少量でいいのか? と疑っているけど、これも目分量だから、きっと凪桜さんのほうが合ってるんだろうな。
凪桜さんがごぼうと里芋を鍋にかけつつ、何か小さな声で歌を歌っていて、その旋律がとても心地いい。
こんなふうに正月を迎えるなんて思わなかった。一年前の年の瀬は何をしていたんだっけ。たしか文庫本の発売日だった。
「うわあ! すごく嫌なことばかり思い出した! 凪桜さん、どうしよう。地獄の釜の蓋が開く!」
突然の俺の大声に、菜箸を片手に凪桜さんは振り返り、俺はあまりにも嫌な思い出過ぎて笑っていた。
「一年前、妻子持ちを隠してた編集担当者に食われた挙句に、俺の原稿と出版社のカネを持って逃げられた! 原稿は年末に文庫本になったけど、何か一言言いたい大人たちばかりに囲まれて、船頭ばっかりで山登っちゃって、コンセプトなんてなくなって、イラストも装丁もめちゃくちゃな出来で、俺史上最も売れなかった!」
凪桜さんは菜箸を持ったまま、黙って肩を竦めた。
「だから今年はいい一年になるって予想してたんだけど、それは全部当たって俺は今、ここで凪桜さんの歌を聞きながら紅白なますを作ってるから大成功! ね、チャビ様!」
「にゃー」
チャビ様は俺の足の間を縫うように身体を擦り付けて歩いていき、凪桜さんは目を丸くした。
「僕、歌なんて歌ってた?」
「うん。曲名とかはわからないけど」
「うわ、恥ずかしい。無意識だったんだ。気をつけよう」
ぴたりと口を閉ざして鍋に向かってしまったので、俺が代わりに中島みゆきを歌った。
「真誠さん、中島みゆきが好きなの?」
「ううん。でも俺が本当に好きな音楽ってインストゥルメンタルか、歌詞がぼやけてるかで、歌いようがないから」
凪桜さんは納得したような、どうでもいい話だったとでもいうような頷き方をしつつ、俺を手招きした。
「そこのザルにあげてくれる?」
俺は鍋つかみを使って流しのザルに茹で上がった里芋とコンニャクをあけた。魔法使いが成功したときみたいに湯気が上がった。
その湯気の匂いは柔らかく鼻腔をくすぐり、一年前に嫌なことをたくさん前払いしておいてよかったなぁと思った。
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