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今年も猫年(8)(side 真誠)
あの小説も内容は悪くなかったんだけど、頑張り通せなかったのがもったいなかったなぁ。
ライトノベルに近い読みやすさの時代小説というコンセプトは面白かったし、打ち合わせも途中まではよかった。編集担当者が変わって、ものすごく調子のいい男で、連絡がとれるときととれないときの落差が激しく、仕事の進み具合もムラがあって、たまたま俺が二丁目で飲んでいるときにテンション高く連絡してきて、店へ強引に合流してきて、その後はまぁ合意の上だったけど。
一度きりのことで別に何の変化もなく、ただタイトルは実績も数字も編集担当者のほうが上だったから、新米の俺のほうが折れる形になった。
今になって思えば、自分の作品を最後まで守ってやれるのは自分だけなんだから、せめて直接口を挟めるタイトルくらい、もう少し頑張ればよかったなぁと思っている。『岡っぴきさんと小判小僧、小町ちゃんや、おかみさんと。』って、ただ文字数が多いだけだよなぁ。本当にライトノベル読者層が好きなタイトルですからばーんと勇気を持ってこれで行きましょうと思っていたのかどうか。
著者校を送り返したが、受け取りましたの一言もなく、その頃には俺もその仕事が面倒くさくなりかけていて追跡番号を検索したきりの放置プレイで、半月くらい経ってから、新しい担当者だと名乗る女性から電話がかかって来た。
奥さんとお子さんもずっと別居中で行方を知らないらしくて、と聞いて、うわああんな一方的で下手くそで極細短小で腹の肉に埋もれてて入ってるのわかんなくて全然届かないのにどこに擦れたのか知らないけどあっという間に自分だけ終わって何のフォローもせずに先に寝ておきながら自分は上手いと勘違いしたセックスでよく奥さんと子どもがいたなぁ! というのが正直な感想で、ベランダに出てドブ色の川面を見ながら、はあ、と相槌を打ったのを覚えている。
妹1号2号が『自分ちの台所を汚したくない』という理由で俺のところへやって来て、大量の天ぷらを作って揚げたてを抹茶塩や岩塩や藻塩や天つゆや大根おろしなどと共に飲み込んでいたので、ちょっと経緯を話したら
「「半月連絡取れなくなったらヤバイと思ったほうがいい。編集担当者とハッテンしちゃダメ」」
と双子らしく声を揃えて言われて、そうかそういうものかと学んだのだった。
そして一度ケチのついた作品は、どう掘り返したってそう簡単には巻き返せないと学んだのも、その作品からだった。
もう作品を愛して、熱を持ってくれる人がどこにもいなくなっていて、でも契約書は交わしたあとだし、その時点で原稿料も半額受け取っていて、お互い出版に漕ぎ着けないことにはこの作品からは解放されないという考え方に支配され、それなのにタイトルは覆すことができず、口出しばかりが多く、コンセプトはイラストレーターにもデザイナーにも伝えてくれる人がいなくて、なんとか年内に出版して蹴りをつけた格好になった。
俺程度の作家でも見たことのない少ない初版部数で、ろくに宣伝もしてもらえず、俺自身も自信を持って宣伝する気にはなれず、レーベルも俺自身も経験したことのない数しか売れなくて、いずれご縁があればどこかの出版社で拾って出し直してもらえたらいいなぁと夢想しつつ、これが世に言う黒歴史というものなのかなと思いつつ、献本も妹1号2号だけにして、残りの三冊は本棚にある。
作品を生み出すからには、自分が愛せる作品を書くべきで、さらにはその作品を愛してくれる人と作業を進めていかなくては、誰もが物心両面で損をするだけだと学んだ。いい勉強にはなった。
だから今、俺のことも作品のことも好きだと言ってくれて、俺もまた本人も作品も敬愛できる凪桜さんと一緒にいられるのは、一年前とは比べ物にならないくらいの幸せな状況だとつくづく思う。
チンミ、オウジサマカラ、ハナレナイ。
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