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今年も猫年(13)(side 凪桜)

「お正月についておばあちゃんの教えがあって、厳密に守ってるわけじゃないんだけど一応聞いてくれる?」 僕は大晦日の昼過ぎ、おせちを作った時の野菜の皮と油揚げのきんぴらをご飯に乗せて食べている真誠さんに話しかけた。 「うん、厳しい教えがあるの?」 真誠さんはモグモグしながらちょっと神妙な顔をする。 「そんなんじゃないよ。31日から三が日終わるまでは掃除も仕事もお風呂も入っちゃダメとかそんな感じなんだけど」 「え? お風呂も?」 「さすがにお風呂は僕は元旦だけであとは普通に入るよ。おばあちゃんはそう言ってたんだよね」 実際、3日も入らなかったかどうかはわからない。何の迷信なんだろう。 「あと、お金を使わない」 「どういうこと?」 「年の初めにお金を使うとその一年はお金がよく出ていくって言ってた。理由はよくわからないけど」 小さい時から言われてることってなんの疑問もなくこうやって伝えていってしまうもんなんだな。 「わかった。おばあちゃんの教えに出来るだけ従うよ」 真誠さんは最初は不思議そうに飲んでいた赤茶色の味噌汁を飲み干して瓜の奈良漬をポリポリといい音をさせて食べている。奈良漬も最初はちょっと苦手そうだったけど、食べ慣れたら美味しいと言ってすっかりこの家の食事に馴染んでる。 「真誠さんは仕事はどうなの?急ぎとかあればおばあちゃんの教えに従わず遠慮なくやって」 僕もご飯と味噌汁を食べ終えて茶碗を重ねた。 「俺だって大晦日はさすがに仕事する気にならないよ、大丈夫ちゃんと休む」 「おばあちゃんとは小さい時に5年くらい一緒に住んだだけなのに、いろいろ覚えてる。断片的に思い出すのはほとんど食べ物のことばかりだけど」 真誠さんはみかんをむいて半分手渡してくれながら 「凪桜さんの作る食べ物はおばあちゃんの味なんだね」 とニコニコしている。 寒さに我慢できず居間に出したこたつにみかん。こたつ布団の端にのって丸くなるチャビ。 「おばあちゃんには直接何かの作り方を教えて貰ったことがないんだけど、食べた味を思い出して再現しようとしてる感じ。ちなみに母は料理は苦手だったよ」 「凪桜さんがおばあちゃんと暮らしたことがあってよかった。毎日発見があるから面白い」 真誠さんが田舎暮らしを楽しんでくれてるのはありがたい。本当に大丈夫なのか心配だったけど、だんだん馴染んで当たり前になったらいいと思う。 「真誠さんの小説に役立つほど古くないけどね」 「そこまで古いとさすがに不自由すぎるよ」 真誠さんの小説はその時代に生きている人が書いているような、普通のなんでもない日常の物語。不自由そうな生活だけど一生懸命楽しく必死に生きている人を丁寧に描写する。 登場人物が皆愛しくて、自分もそこで生きているような気持ちで読んでいる。 「魚屋の佐吉さんみたいに長屋で暮らすのには憧れてたなぁ」 と、笑いながらみかんの白い筋を引っ張った。

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