118 / 161

今年も猫年(16)(side 真誠)

 凪桜さんは、元旦のニューイヤー駅伝の一枚のほか、二日と三日の箱根駅伝は往路で一枚、復路で一枚、合計三枚をエントリーシートを持っていた。  隣にぴったりくっついてエントリーシートを見てみれば、監督の名前にグルグルと印がついている。本当にファンなんだなぁ。  とりあえず俺が走らされるということでなくてよかった。  ホッとしてお茶を飲み、座布団を二つ折りにした枕に横になって、凪桜さんの綿入れ半纏の端を少し引っ張って見たけれど、エントリーシートを見るのに夢中で、俺の隣に倒れてきてはくれなかった。  駅伝は年一回だしね。愛の営みはいつでも可能だから。姫はじめまでお預けかな。姫はじめって元旦の夜でいいんだっけ?  スマホを手繰り寄せ、『姫はじめ いつ』と検索して『正月二日』の答えが最初に出てきた。マジかー。元旦の夜じゃないのかー。あれ? 元旦の夜でいいのか? 午前零時を過ぎて致せば、それは正月二日かな? それ以前に『姫納め』をしてなくない? それは今夜? 待って待って凪桜さんは『大晦日と三が日は掃除も仕事も風呂も、お金も』控えるって言ってた。愛の営みは? 愛の営みも同じ? 今日はもう大晦日なんだけど、すでに一昨日のが姫納めでしたとか、そういうこと? うわあ昨日もしておけばよかった! 四日間禁欲プラスうっかりやり損ねた一日?  元旦以外は風呂は入っちゃうって言ってたから、厳密じゃないんだよな。今日も風呂には入る訳だ。風呂! よし、風呂だ!  俺は早速風呂に湯をためて、凪桜さんを誘った。 「風呂に入ろう!」 「まだお昼ご飯を食べたばかりだよ?」 「昼間から風呂に入るのって贅沢な気分がしていいじゃん。日常から離れてゆっくり過ごす感じ? 温泉旅行でもしてる気分でさ、のんびりしようよ。大晦日だし!」 下心があるときって饒舌になるよなぁ。 「んー」 「そのエントリーシート、ジップロックに入れてあげるから。ね?」 俺は食品保存用のビニール袋を二重にして、それぞれ一枚ずつエントリーシートを入れて密閉した。 「んー」  凪桜さんはまだ気乗りしないようだけど、俺は着々と準備を進めた。  下着とパジャマとバスタオルを脱衣カゴに置き、長風呂用に常温の水を入れた水筒を浴槽のふちに置いた。  万が一のこともあるかもしれないから、念の為に、そうあくまでも念の為にローションとコンドームもドラッグストアでもらった銀色の袋に入れて、浴室の窓に貼りつけた吸盤式のフックにぶら下げる。念の為に。念の為に。こっそりと。  こっそりぶら下げたって、凪桜さんはこの銀色の袋にどんな下心が入ってるか、さすがに知ってるけど、だからって堂々と置くのも俺の期待とアソコの大きさが丸出しになってプレッシャーを掛けると思うし、ドン引きされて逃げられるのは最悪、年末に東京へ帰れとは言われたくない。いや、いつだって帰されたくないけど。  準備を整えて、俺は凪桜さんを風呂の前に連れて行った。  凪桜さんの綿入れ半纏の結び目を解いたとき、ガラリと玄関の引き戸が開く。 「凪桜ちゃん、昨日話した白菜とするめのしょうゆ漬け持ってきたよ」  お礼参りのかさこじぞう、まだ残機がいた!

ともだちにシェアしよう!