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今年も猫年(17)(side 凪桜)

「あーこの人、やっぱり怪我治ってないのか……」 期待のランナーが出場しないとか、そもそも補欠にも入ってないとか所属チームが変わってるとか、この一枚には膨大な物語が詰まっている。 エントリーシートを見ながら期待を膨らませたり残念がったりしてる僕の半纏の裾を真誠さんがひっぱる。寝転がってスマホを見てたけどやることなくて退屈って言ってるんだと思う。今日に限って何? いつも本を読んだりプロットを考えたりしてるよね。 箱根の方は当日変更の予想をしたいんだけど。やっぱり駅伝とか面白くないってことだよね。無理に一緒に楽しもうなんて思わないけど……。 さらに何を思ったのか温泉気分でお風呂に入ろうと言い出した。まだ明るいし、いろいろ考えたいことあるんだけど。真誠さんは丁寧にエントリーシートを一枚ずつジップロックに入れて準備を始めてる。 僕は返事をせず、んーと言い続けてる。ねぇ真誠さん察してよ、今はお風呂の気分じゃないんだけど。 いつの間にかお風呂のお湯を入れたみたいでもうパジャマまで用意されている。手を引かれてお風呂の前まで連れてこられ諦めかけて半纏の紐に真誠さんが手をかけた時、玄関がガラリと開いた。 「凪桜ちゃん、昨日話した白菜とするめのしょうゆ漬け持ってきたわよ」 「ありがとうございます、いつもすみません」 サンダルを引っ掛けて玄関まで土間を歩いてタッパーに入った漬物を受け取る。畑のおばちゃんはあちこちで井戸端を囲む話好きだ。 「真誠さんだったかね? 凪桜ちゃんのことよろしくたのむわね」 と、真誠さんに声をかけて帰って行った。真誠さんは頭を下げている。 もう近所では「あの凪桜ちゃんの家に居候がいる」と噂になってるらしい。そこにどんな尾ひれが付いているのかはまだ聞こえてこないけど、とりあえず扱いは「居候」らしい。 僕は近所付き合いをしてるつもりはないけど、昔からおばあちゃんや親が付き合っていたから勝手に向こうが関わってくるから無下には出来ないだけ。 「凪桜さん、玄関鍵閉めて欲しいんだけど」 真誠さんが僕を見てお願いする顔をしている。 「鍵は閉めてもいいけど、なんでこんなに早くお風呂なの?」 僕は鍵を回しながら真誠さんをチラリと見た。この見方はちょっと意地悪い感じだけど。 真誠さんは口を開きかけて悩んでいるのかまた口を閉じた。 「理由を言ってくれないならお風呂には入らない」 玄関から廊下に上がろうとした時、 「だって、年末年始は何もしないって。それに駅伝ずっと見てたら凪桜さんとエッチなこと出来ないじゃん!」 真誠さんは小さい子が駄々をこねるみたいな言い方で理由を強く述べた。 え? そんな理由なの? 僕の頬はたぶんひきつっていただろう、変な笑いを返した。

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