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今年も猫年(19)(side 凪桜)
遠くでおばちゃんたちの立ち話の声がする。よく聞こえないけど楽しそうに盛り上がっているのだけはわかる。好きだよなぁ井戸端会議。
ジップロックに入れられたエントリーシートを眺めて、真誠さんは僕にかまって欲しいチャビと変わらないじゃないかなんて思った。
一年に一度のことで、こっちを優先するって宣言してるんだからそれも汲み取って欲しい。
でも、いきなり過ぎたかなという反省もある。もっと日常的に真誠さんに長距離走の楽しさを布教していれば良かったと。その上で面白くないと言われれば仕方ない。トレランを面白がって見てたから油断してた。
そういえば、11月の全日本駅伝の時は真誠さんなにしてたんだっけ? 僕はテレビの前にいて……。あ、締切に追われて仕事部屋にこもっていたのかもしれない。だから僕が熱中することを知らなかったのか。
そんなことを考えつつ蛍光ペンで印をつけ直しているとお風呂から上がった真誠さんがコタツに足を入れながら言った。
「俺、売れないホストを辞めて、凪桜さんのヒモになったらしいよ」
思わず真誠さんの顔をじっと見た。
「ふははっ! はっ! なにそれっ。誰がそんなこと言ってるの?」
「噂話に花が咲いてるのが聞こえちゃったんだよ」
真誠さんの複雑そうな顔もそうだし、居候からそんな話になってるとは、まだ笑いが止まらない。東京から来たってきっと知ってるから都会の怪しさなんかを勝手に想像してるのかな。
「ふふふっ。ホストなんだ」
「そうらしい」
「ヒモなんだ……ふふふっ!」
「もう〜そんなに笑わなくてもいいじゃん」
だって面白すぎて。おばちゃん達の想像力豊かなところは見習いたいと思った。
真誠さんはおばちゃん達の話より僕の止まらない笑いにちょっと膨れている。
「そういう話になってるのか〜さっきから外で何か喋ってるなと思ったんだ」
僕はまだ笑いがおさまらず、腹筋がふるふるしている。
「ひどいんだよ、ぼさーっとしてるとか、カッコよくないとか」
「僕に対してだって同じような評価だと思うけど」
どうせ何してるかわからないとか、愛想なしとか言われてるんだろう。田舎でそんなこと気にしてたら生きていけないよ。
「俺だけじゃなくて凪桜さんのことも言ってた。猫だけじゃなく俺みたいなのまで可哀想になって拾ってきたって」
コタツに手も入れてなんだか小さくなっている。
ヒモって傷つくよなぁ、仮にも賞を貰うような作家なのに売れないホストとか。ホストでも売れてればいいのかな? 売れててもなんか言われるだろうけど。
「わかった、そんなに気にしないで大丈夫だから。気になるならちゃんとしてる姿を見せればいいんだよ」
「俺がちゃんとしてもカッコよくないよ」
「そんなことないって! 新年になったらお祓いしてもらいに行こう、ちゃんとカッコよくして」
真誠さんは今度はコタツの天板に顎を乗せてあーとかうーとか言ってる。
「地元の人が絶対どこかで見てるから、今度はカッコイイって噂になるよ」
「噂話はいいよ、妹達の騒ぎで慣れてる。でも凪桜さんまで言われるなんてなぁ、やな感じ」
なかなかスッキリしない真誠さんに
「今日は年越しそば食べて、12時過ぎたら隣の神社に行くからね」
と言ってこたつの中で足を絡めた。
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