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今年も猫年(28)(side 真誠)

 正直、俺は人見知りをするので、誰彼構わず大きな声で「っしゃっせー! 御新規二名様でーす!」などとは絶対言えないから、ものすごーくオシャレで静かな居酒屋でバイトをしていた。  俺自身に私服のセンスがなくてもユニフォームがあるし、顔が悪くても照明が暗くて見えないし、視線を落としたままぼそぼそ喋っても店に流れるジャズを掻き消さない配慮に見えるような店だった。  ホストなんてやってたら、絶対に売れなかった。やろうとも思わなかったが。  自分がパッとしないのは確かだし、実際に凪桜さんの足を引っ張っていることもあるだろうけど、最初は笑い話と思っていたご近所さんの噂話も実は自分のコンプレックスを直撃で、じわじわと傷ついていた。 「こんばんは! わざわざ何度もすみません! 立派な大根ですね! 美味しそうです! ありがとうございます! いただきます! よいお年を!」 俺は顔面いっぱいに笑顔を作り、ハキハキとそう言って大根を受け取った。  よし、言ってやったぞ! やればできる子!  風呂で汗をかき、空きっ腹に酒を流し込んでふわふわと凪桜さんと差しつ差されつ手酌もしていたら気づいたときには寝ていて、そっと肩を揺り起こされた。  いつも散歩しているお馴染みの小さな神社へ行き、チャビ様と凪桜さんと俺の三人で手を合わせる。  家族みんなが今年も幸せでありますように。  神社からの帰り道、チャビ様は誇らしげに尻尾を立てて歩いていた。 「チャビ様、今年も年神様としてよろしくね」 「にゃあん!」 自宅に向かって続く少し急な坂を上りながら、「ウチはずっと猫年だから、チャビ様は毎年大活躍だね」と話しかけようと思って隣を見たら、凪桜さんは坂道を一歩一歩踏みしめながら独り言を言っていた。 「山の神、ここに降臨」 「山の神?」 ウチはちょっと小高い場所にあるけれど、チャビ様が年神様になるなら、自分はその山の神になるってことだろうか?  それなら俺はもちろん我が家の年神様と山の神様の下僕として生きる覚悟だ。

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