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チャビは喜び庭駆け回り、凪桜はコタツで丸くなる(2)(side 真誠)  

 あけましておめでとうございます。  目が覚めたとき、隣のスペースは既に空っぽで、餌を食べ終えたらしいチャビ様が俺の足の間で顔を洗っていた。 「おはよう、チャビ様」 「にゃーん」 朝日に照らされた毛はぴかぴかと光っていて、彼の舌とヨダレのみによるグルーミング能力の高さは素晴らしいなぁと思う。 『ニューイヤー駅伝。7区間100kmを駆け抜け、新年最初の日本一を目指す戦いです。37チーム・250名以上の選手がタスキをつなぐ人間ドラマ。今年の優勝は三連覇がかかる最強軍団か、あるいは二年ぶりの王座奪還か。まもなく号砲です!』  テレビからしっかり目覚めたアナウンサーの声が聞こえて、俺はむくりと起き上がった。  綿入れ半纏を羽織り、居間へ行くと、コタツの上にはエントリーシートもタブレットもスマホも並べた万全の管制塔ができあがっていた。お茶のポットもあって給水も万全だ。 「おはよう、早いね」 俺に向かってそういう凪桜さんは、明け方近くまで駅伝の特番を再生して見ていたけど、少しは寝たんだろうか。 「だって、駅伝見なきゃ」 コタツに入り、指先で目ヤニをとりつつ返事をする。 「好きにしてていいからさ、本読んでも寝てても。僕のことは気にしないで」 「冷たいなぁ。一緒に見てもいいでしょ」 こたつの上のポットからお茶を注ぎながら、つれない凪桜さんに向けて唇を尖らせる。 「いいけど。面白くないかも……」 なんでこの人は自分が好きなものほど自信をなくすんだろう。そんな姿を見せられたら、愛しさが募る。  それにしても駅伝のスタートって。  開催地をアピールするのは分かる。だから県庁前がスタート地点で、そこに郷土芸能の和太鼓演奏があるのはパフォーマンスとしていいと思う。  けど、スタート直前の選手がサッカー選手のように子どもと手を繋いで一人ずつ登場し、直前に子どもと打ち合わせて練習したであろうポーズをカメラに向かって笑顔で決めるって、メンタルや何かそういう細かい調整に影響しないのか? 大根持って踊ってる選手もいるけど!?  でも、こういうちょっとしたファンサービスがあるかないかで、盛り上がりも変わってくるんだろうな。  号砲が鳴り響くのと同時に、高校の一クラス分くらいの成人男性が一斉にスタートを切った。  短距離走のような一瞬に掛ける爆発力や切実さはないが、ペース配分を計算する落ち着きと静かな熱意が感じられる。  凪桜さんは号砲まで何となく落ち着かず、テレビ画面を見つめたまま、しきりにお茶を口にしたり、Twitterのタイムラインを辿ったりして、『位置について用意』という声と同時に凪桜さんまで用意した顔になった。  そしてスタートした瞬間、凪桜さんの身体から緊張が抜け、微かに頬が上気した。  こんなに楽しんでる姿を見たら、駅伝がとても素晴らしいものに思えてくるじゃないか。 「見ないでよ、恥ずかしいから」 急に矛先が向いた。俺は頬杖をついて口許を隠しつつ、視線をそらす。 「見てないよ」  見てたけど。 「凪桜さんの見どころを解説してよ」 俺は話を逸らすのと、本当に知りたい気持ちの両方で質問した。 「うーん……何か言いたくなったら言う。急に言われてもね」 凪桜さんはいかにも困ってますという表情でエントリーシートを見たが、すぐにひとつの枠を示した。 「ここの会社は全員が箱根駅伝を走った人で一番注目されているし、優勝候補。前回も一位だった」 なるほど、大学生が箱根駅伝を走り、卒業して実業団に入ってるから、たとえルーキーでもある程度の実力はわかるんだな。 「だから全員チェックが入ってるんだね、なんで二区は外国人ばっかりなの? そう決められてるの?」 二区は、やたらカタカナの名前ばかりが占めていた。日本人らしき名前は一人か二人。これはさすがにルールがあると想像がつく。 「流石だ、その通り。外国人ランナーは二区しか走れないルールだよ。だから外国人のいないチームは日本人が走るからここで離される可能性大。だけどこのランナー、高卒で実業団にスカウトされた凄い人なんだけど速くて注目だよ」 と、漢字四文字の名前を指さす。  世界中から集められた精鋭の中で、凪桜さんは一人の選手の名を指差した。  全体的に見て注目選手だけど、説明は留学してたよ、みたいな客観的な情報しかなく、どうやら肩入れしている人ではないらしい。  駅伝の見方がわかるのも面白いけど、楽しんでる凪桜さんの顔を見ているのが一番楽しいな。

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