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チャビは喜び庭駆け回り、凪桜はコタツで丸くなる(3)(side 凪桜)
「全員の走る姿が見えるのは、ほぼ一区のスタートだけ。後はバラけて中継車が付いたり付かなかったり」
始まったばかりでまだ特に見どころがなく、ツイッターの画面を切り替えたり、タブレットでも別のツイッターを開いたりしながら真誠さんの様子を横目で見る。自分でも何か調べてるらしく、少し興味を持ってくれてるみたいだ。
スローペースで始まり先頭が次々入れ替わる大混戦、次の中継所まで団子状態で行きそうな雰囲気を破り注目外(とはいっても速いには変わりない)のランナーがスっと飛び出して一位で次のランナーに襷を繋いだ。こういうのが見ていて面白い。実力者が前評判通りの成績を残せるとは限らないし、ここで開花する選手もいる。
「10キロ以上走るのに最後にこんなにダッシュするんだね」
真誠さんは歯を食いしばって最後の力を出し倒れ込むランナーに感心している。
「僕達が軽くダッシュするくらいのスピードでずっと走り続けて最後にめちゃくちゃダッシュする速さ」
「ええっ……無理だ。もうダッシュなんて何年もしてないよ」
僕も無言で頷く。
「次は少し距離が短いからあっという間だよ」
「外国人の走るところだ」
「過去には26人抜いた人がいる」
「……ということは、それだけ順位が下だったのか」
真誠さんのつぶやく言葉で僕の話を聞いてくれてるなぁとわかる。そしてまたスマホで何か調べ始めた。
少しずつ選手がバラけて中継所はトップ集団と第二集団を主に映すようになる。あとは注目されているランナーがごぼう抜きをしている場面はカメラが切り替わる。
全貌を見るのは不可能なのが残念だけれど、カメラが複数映していることでかなり見られるようになっているから贅沢なのかもしれない。
少しこたつの上を片付けて昨日作ったおせちを並べる。真誠さんは僕がCMの間にサクサク動くのを面白そうに見てる。いいんだけど。
「ありがとう、片付けは俺がやるから」
「とりあえず一品ずつ取り皿に取って食べるのがおばあちゃんの教えだけど、そんなのは気にしない」
そう言って僕はなますを摘んで口にした。口の中がさっぱりして食欲がでてきて次々箸をのばしていると真誠さんは律儀に一品ずつ取り皿に取って食べ始めた。
「美味しいね、凪桜さん何でも作れるね」
素直に褒められると恥ずかしいじゃないか。僕は次の中継所まで一キロという争いに目を向けて
「まぁ……なんでもでもないけど」
と、黒豆を口に入れて
「そろそろ上位が強いチームに絞られ始めたけどまだわからないね」
と話をそらす。
「20人も抜く人がいるなら、どうなるかわからないよね。で、さっきからMGCって言ってるのは何?」
「東京オリンピックに出るための選考レース、マラソングランドチャンピオンシップのこと。9月にあるんだけど、そこに出る権利を得るには対象になる大会で規定の記録を出すか優勝が必要になる。この大会でまず二人を選ぶ」
距離の長い区間で順位の変動が始まっている。その日に体調を万全にしてくるのは難しいだろう。どのランナーにも頑張って欲しい気持ちで力が入る。
「画面に二人映ってるのに、注目されてない方のランナーは話題にされないね」
真誠さんが尤もなことを言うから
「僕もそう思う、このランナー頑張ってついていってる。絶対これから早くなると思うんだ。印つけておこう」
僕はペンで丸をつけた。真誠さんはまた何か調べている。少し口を尖らせて真剣にスマホの上で指をスライドさせて、また何かを調べてテレビ画面を見上げてそれから僕を見て言った。
「ちょっと面白さがわかってきたかも」
それはよかったと思いながら、やっぱりぼくは素直じゃなくて
「慌てなくてもいいよ、明日も明後日もあるから」
なんて答えたのに真誠さんは口元が緩んで楽しそうに僕を見ている。
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