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チャビは喜び庭駆け回り、凪桜はコタツで丸くなる(6)(side 真誠)
たった一回、テレビの前で駅伝を見たからって、正直何もわからない。最後は競り合いで見応えがあったとは思うけど。靴のメーカーに流行があるなんて初めて知ったけど。その程度だ。
でも凪桜さんがいかにこの三が日、駅伝を見続けるのかはわかった。だって、見逃したシーンをメモしてる!!!
スタート前の太鼓や大根踊りから見始めて、約六時間のテレビ中継。さらに早送りや巻き戻しで録画を観て、
「なんだよー、見逃したんじゃなくて、映ってないんじゃん! カメラワーク下手くそ!」
って怒って、メモしてないシーンまで再生してる! 気に入ったシーンを繰り返し始めたら、何度でも見ちゃうよね、そうだよね、わかるよ、妹たちもそうだから!!!
テレビの番組表を見れば、中継したテレビ局を中心に、いくつものスポーツニュースに録画予約マークがついている。つまりこれらの録画も消化しなくてはいけないのだ。凪桜さんのノルマはきつい。
おとう、おかあ、お元気ですか。俺は史上初、駅伝しか映らないテレビと共に三が日を過ごします。アニメも声優さんも映りません。時代劇は東京にいた頃から自分のパソコンとスマホにしか映らないので、気にしてません。泣いてません。
「あ、真誠さんごめん。夢中になってた」
って、金団を食ってから俺のことを思い出したとしても、俺の存在が潰したサツマイモ以下だとしても、思い出してもらえただけで嬉しいです、泣いてません。このウチの子になってまだ二ヶ月ちょっとの新参者ですから!
それよりも。
「ねぇ、凪桜さん。俺たち、雑煮を作るのを忘れてるんじゃない……?」
小さく話し掛けて見たけど、スポーツニュースより的確なカットワークで、優勝争いには絡まなかった選手たちの名勝負を切り出して、
「ああっ、駅伝はドラマだ! 全員主役の群像劇だ!」
なんて呟いてるから、さっさと撤退した。
雑煮。なくてもいいけど、あった方がいいなぁ。
でもおばあちゃんの教えで、包丁で材料を切ったり、台所で働いたりはできない。食べるために温め直したり、ちょっと餅を焼くくらいなら許されるかなぁという程度かな。
俺は何の相談もせず、そっと台所へ行き、実家の雑煮を作ることにした。
たぶん、この世で一番簡単で、大雑把で、包丁も使わず、温める程度でできる雑煮。
俺は多めに作ってあるお煮しめを別の鍋に取り分け、水道水をぶちこんだ。
火にかけて煮えてきたら、味つけはめんつゆ。好みで日本酒やみりんなど。餅を焼いて入れれば完成。
「『おかあ、年末大忙し。大晦日の夕方、唐突に具沢山がいいと言ったおとうに怒りのお煮しめぶち込み雑煮』、完成で~す!」
小さく呟いて居間へ運んでいくと、凪桜さんは箱根駅伝往路のエントリーシートを広げていた。
大本命は……監督?!
監督が本命ってアリなのか?
それも今までのグルグルと名前を囲むのではなく、枠の形に合わせて丁寧に四角く何度も名前を囲んでいて、これは別格の扱い!
「凪桜さん、監督を応援してるの?」
「うん。実業団の頃に選手として走っているのを見て知って応援してて、引退してこの大学の監督になったから、ずっと応援してる」
凪桜さんはニコニコしながら教えてくれた。
退団後の活躍まで応援するなんて、ますますヅカファンっぽいなぁ。
そしてポーカーフェイスを忘れてニコニコしちゃってる凪桜さん、可愛い。
雑煮の味も、そもそも雑煮を作り忘れていたことも、凪桜さんは気づかないで食べてしまうだろうけど、ずっと笑顔で三が日を過ごしてくれれば、それが一番いい。
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