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チャビは喜び庭駆け回り、凪桜はコタツで丸くなる(8)(side 真誠)
ひょっとしたら、姫はじめ。
そう思って念入りに風呂で身体を洗い、ベッドにたどり着いたときには、凪桜さんはもう夢の中だった。うん、そんな気はしてたよ!
俺はそっと凪桜さんの隣に身体を滑り込ませ、頬杖をついてその寝顔をたっぷり見た。
閉じられた瞼のふちから放射状に広がる睫毛はいつだって長くて美しくて、シャープな頬のラインも薄く開いた唇も、緩やかに癖のある黒髪も、全部いい。パジャマの襟元から覗く鎖骨も、袖口から出ている手首の骨も、腱が浮かび上がる手の甲も、運勢の強そうな手のひらも、細くて長い指も、何もかも。
駅伝が好きなら、ずーっと見ればいいと思うし、遠慮しないで俺の襟首掴んで揺さぶりながら、もっともっとその魅力を語ってくれていい。俺は喜んで話を聞く。
彼は、駅伝以外には何が好きなんだろう?
料理はとても上手だし、手まめに作る。でも料理が好きというより、自分の口に合う美味しいものが食べたい欲求らしい。
放ったらかしと言いながら、庭木の様子はこまめに見ていて、その眼差しはいつも澄んでいる。
掃除や片付けは大の苦手で、たまに癇癪を起こす。いろいろ手順を考えすぎて疲れてしまうんだと思うけど、この家は今のままで充分居心地がいいから、いいと思うよ。
猫が好き。犬も好き。チャビ様の写真を撮るときも強引なことはせず、何枚もシャッターを切っていいカットを狙う。
服はシックなパンク系や変なものが好き。ついそういうデザインに惹かれてしまうと言う。さらに「これじゃつまらないな」と安全ピンをくっつけたり、ブーツの紐も変えたりして、凪桜スタイルはできあがる。
あと、ちょっと寒がり。綿入れ半纏だけでは足りず、もこもこした靴下やレッグウォーマーを使っていることもある。色やデザインより機能重視でおしゃれじゃない凪桜さんも、庶民的な感じがしてとてもいい。
「俺、ほんっとに凪桜さんのことが大好きなんだなぁ」
甘酸っぱい気持ちになる自分に照れて、枕を抱き締め顔を埋めた。すぐ隣にいるのに、なんでこんなに片思いみたいな気持ちになっているんだろう。
「『好きだから』の一言で全てが解決するってすごいな。ヨン様みたいだ」
そういえば、ウチの貴公子に「明日は何作ってくれるの?」って訊かれてたんだった。
明日のご飯は何を作ろうかな。
枕から顔を上げて、スマホを手にあれこれレシピを検索するうちに、早回しでどんどん料理ができあがるレシピサイトの動画を見つけ、その小気味よさに釣られて、自分まで手際よく料理を作れそうな魔法にかかった。
「よし、カレーを作ろう!」
俺はそっとベッドを抜け出て土間に立ち、鶏肉を一口大に切って、玉ねぎをスライスし、ジャガイモを切って水に晒し、人参もいちょう切りにした。
トマトの水煮缶を棚から取り出し、ローリエ1枚、コンソメキューブ1個、チューブのすりおろしニンニクとすりおろし生姜、カレールー。
俺は両手をポンっと合わせた。
「それでは早速作っていきまっしょう。まずはオリーブオイルで玉ねぎを炒めていきます」
鍋を火にかけ、高い位置からオリーブオイルを振り入れて玉ねぎを炒める。
一度、飴色の玉ねぎというものをやってみたいと思ってた。が、すぐに炒め続けることに飽きたので、透き通って微かに色づくくらいで切り上げて、チューブのニンニクと生姜、鶏肉をを入れて一緒に炒め、人参とジャガイモを入れて炒める。
トマトの水煮缶を鍋に開け、さらにその空き缶に同量の水を入れて鍋に入れ、コンソメキューブを入れ、ローリエを入れて煮る。
具材に火が通れば、あとは好きなだけ煮込んで、一旦火を止め、カレールーを入れる。トマトの水煮缶と水の合計の分量に相当するカレールーを入れればいいんじゃないかなと思う。
「やっべえ、想像以上に上手くできた! ♪カレーがおいしくできたようれしい、ラジャ、ラジャ、マハラジャー♪」
両手を大きく振り上げ踊っていたら、
「何してんの?」
怪訝そうな凪桜さんの声が聞こえた。振り返ると、居間の鴨居に手を掛けて立つ凪桜さんが、開かない目を無理に開けてしかめっ面をしている。
「トマトカレー、上手くできたよ」
「あ、ちゃんと意識あるんだね。それならいいけど」
夢遊病みたいなのかと思ったと呟いて、凪桜さんはベッドへ戻って行った。
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