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庭に咲く花、枯れる花(3)(side 真誠)
待って、待って、勘弁してくれよ。
俺は背中にチャビ様を乗せながら凪桜さんにすがりつく。
凪桜さんは、やりたいと思ったら絶対にやる。曲げない。頑固。それは仕事の依頼を受けるとか、一緒に買い物に出かけるとか、夕食を作って食べるとか、俺が些細な文句を言ったとか、いろんな場面で発揮される。
これは愚痴だけど、俺がワカリマシタゴメンナサイという呪文を唱える以外に、この家庭を維持する道はないのだ。同居を始めてまだ数ヶ月にも関わらず、俺は既に沙羅双樹の下で悟りを開いたよね。
「ワカリマシタゴメンナサイ! ちゃんとサークルチケットも送ってもらいます。行きたいサークルがあったら、どこでも行っていいから。むしろ『うさぎ3姉妹(?)』には近づかないほうがいいから、いろんなサークルを回ってきて。ただし内容は一次創作BLだからね。見ず知らずの主人公のボーイズたちが少女漫画や少女小説のようなキラキラした感じでラブして書かれてるからね。性描写もファンタジーな感じで何でもありだし、ときどき黒髪ドSとかNTRとかそういうアンソロジー本もあるから気をつけて。モブレ、胸くそ、メス堕ち、闇堕ち、光、ハピエン、オヤジ、ノンケ、ワンコ、吸血鬼、本当に何でもありだから。獣人とか、ケモ耳とかいって、登場人物が動物そのものだったり、人間に動物の耳やしっぽが生えていたり、男女の性別のほかにアルファとベータとオメガっていう性別があって男でも出産してたりするからね」
俺が説明した内容の半分以上は伝わっていなかったと思うけど、BLの沼は広すぎて深すぎて飛び地も僻地もあって、そう簡単に説明できるものはない。しかもBLに触れたことがないであろう凪桜さんの地雷は予想がつかないし、BLの沼にはまるよりは、地雷を踏んで二度と近づかないでいてくれたほうが俺はありがたい気がするし、でも地雷を踏んだときのショックはでかいから、回避方法は身につけて欲しいけど、そんな嗅覚は経験を積んで身につけていくしかなくて、いくら世話を焼くにしても、ときには一晩寝込んだり、発熱したり、嘔吐したりしながら強くなってもらうしかない。っていうかそもそもBLが読めるのか。読めなくていいんだけど。
タラレバを考えても仕方ないし、凪桜さんの目的は東京マラソンなんだから、俺はとりあえず春庭のあと凪桜さんの看病を覚悟してスケジュールの調整をするくらいのことしかできないまま、パンフレットとサークルチケットをボディバッグへ入れた。
そんなわけで三月三日、俺たちは朝八時過ぎに名古屋駅から新幹線に乗って、品川駅で降りた。
品川駅前を通っている第一京浜国道がマラソンのコースになっていて、駅から500メートルほど歩いたところが折り返し地点に設定されている。
すでに東京マラソンのための交通規制の準備は始まっていて、警察官が三角コーンを手に歩き、マスコミが中継の準備をしている折り返し地点の場所を確認してから、ファミレスで朝食を食べた。
凪桜さんはすでにスマホでの情報集めに余念がない。
「スタートしてる。大体だけど1キロを3分、10キロを30分で走る計算だから、折り返し地点には1時間後。まだゆっくりできるね」
そう言いながらエッグベネディクトを食べつつ、スマホを見て、さらにはイヤホンで何かを聴いている。
「それでね………………」
凪桜さんはそれきり黙ってしまう。どうやら気を遣って俺と話そうともしてくれるんだけど、会話は途切れ途切れだ。無理しないで俺を無視すればいいのになぁと思いつつ、タマゴの黄身がとろりと垂れるフォーク片手にスマホ画面に見入っている凪桜さんを鑑賞しつつ、俺もエッグベネディクトを食べた。
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