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その仕事やらせてください!!!
「美晴たん!!!」
後ろで一つに束ねられた長くてサラサラなストレートの髪。
白く透き通るような肌にきらきらした大きな目、長い睫毛。
鈴のような美しい声に、女性らしい振る舞い。
あぁ…この人に会うために生まれてきたのかも…なんて錯覚を起こすほど、正人は、人気アイドル羽空美晴に心酔していた。
元々アイドルになんてこれっぽっちも興味がなかった正人が美晴と出会ったのは友人が正人に貸した一冊の雑誌がきっかけである。
「いやいや、高塚も絶対ハマるから、一回読んで見ろよー」
クラスに一人はいるであろうアイドルオタクに
押しつけられるようにして貸し出されたアイドル雑誌。
いやいや、こんなん興味無いわーとは思いつつもあまりのごり押しぶりに渋々家に持ち帰った。
適当にページを開いて驚いた。
自分でも知らなかった自分の性癖を全て詰め込んだような少女─羽空美晴に自然を目を奪われたからだ。
今思うとその頃の美晴はまだあどけなさが残っていて、どこかぎこちない笑顔や少し照れたような表情すらその頃の正人を夢中にさせた。
一目惚れとは、こういう事を言うのか、と
前進で体感した正人は、その頃から羽空美晴の応援だけは唯一続けてきている。
握手会や、ライブ、地方でのイベントも今の所全て参戦済だ。
「……はぁ。美晴たんに会いたいなぁ…」
──プルルルッ
「…ん?」
滅多になることのないケータイが着信を告げる。
あれ、電話なんてなおさら珍しい。
かけてくるのは大抵の場合、母親か、非通知のセールスだ。
今日はどうやら違ったようで、ケータイのディスプレイには見覚えのある懐かしい番号が表示されていた。
*
「おひさ~」
「おー!久しぶり!」
電話の相手は高校時代の同級生、前田───あの時アイドル雑誌をごり押ししてきた張本人だった。
羽空美晴が好きだと伝えたあの日の翌日から
めちゃくちゃ仲良くなって、大人になった今でもたまーに飲みに行ったりする。
誰よりもアイドルオタクだった前田は、今では立派なサラリーマンで、チェックのネルシャツがお似合いだったあの頃とは打って変わって、
今ではキツそうに締められたネクタイが似合う男だ。
「で、俺に何の用?しかもこんな時間にー」
前田と会うのはたいだいが夜で、酒を飲み交わしながら毎日がつらいーとか、あーだこーだ言い合っている事が多い。ニートがあれこれ、いえる立場ではないのだが。
「いや、あのさ…。ズバリ!高塚!!お前、今仕事とかしてる?」
「ふっ、」
ついつい鼻で笑ってしまった。
前田の顔が心なしか明るくなった気がした。
「愚問だな、前田君」
勝ち誇ったような顔をするニートと
その発言に嬉しそうな顔をする元ドルオタの
絵面は相当なものだと思う。
前田は、よっしゃと不可解なガッツポーズを作ると鞄から一枚の紙を出した。
「高塚よ、お前に仕事を持ってきた」
「…はぁ?」
前田が持ってくる仕事ってどんなんだよ、と苦笑いしつつも前田が置いた紙に目を通す。
「…アイドルのマネージャーやってみませんか?って?」
「そう。読んで字のごとく、アイドルのマネージャーを募集してるんだよね、うちの会社」
そうだった。あれほどまでにアイドルに執着があった前田が就職したのは大手のアーティスト事務所だった。
…そうだ、前田人生勝ち組コース歩んでたんだった。
「知ってると思うけど、高塚。羽空美晴ちゃん、うちの事務所に移籍するんだよ」
へっ、と得意そうに前田が笑う。
美晴たんの名前を聞いて反応しないほど、正人も生半可な気持ちでファンを続けてきたわけではない。
「え、ちょっとその仕事やるわぁ!やらせてください!!!」
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