クロは海が初めて訪れるラボへと入った。 吹き抜けの高い天井。 壁に這う無数の蔦。 連なる毒々しい果実。 積み上げられた空のケージは全て血塗れ。 陰惨な雰囲気漂う、薄暗い、じっとりとしたラボだった。 「あ」 クロは海の腕の中にいたおたまを取り上げると通路へ放り投げた。 細腕を掴んで中へ引き寄せ、分厚い扉をがちゃりとロックする。 「クロさん――」 「待ってたよ」 そう言って、鋭利な器具の散らばる実験台に問答無用に海を押し倒すと、キスしてこようとして。 海は咄嗟に顔を背けた。 「違う、クロさんじゃ、ない」 「うん？」 「貴方……誰ですか？」 長い前髪に隠れた双眸で海は目の前の男を躊躇いがちに直視する。 男は、ニヤリと、笑った。 「あら、君、意外と勘が鋭いんですねぇ」 クロの顔でありながら、その声は、すでにクロのものではなかった。 「やはり虫唾が走りますねぇ、その名を聞くと」 眼鏡を投げ捨てたかと思うと、床に落ちていた血塗れのタオルで顔や頭を何度も拭う。 「銀って、いうんですよ、僕ぁ」 次に現れたのは、もうクロとは明らかに別人な、赤黒く汚れたDr.銀の顔であった。 「ふぅ、スッキリしました」 白衣のポケットから取り出した銀縁眼鏡をかけ、組紐で長い銀髪を一つに縛った銀は、驚いている海に笑いかけた。 「君は、やっぱり、クロと恋仲にあるんでしょうかねぇ」 「やめて、気色悪い、恋仲だなんて」 ラボの暗がりから不意に現れたアイレスは驚きっぱなしの海を見、見事なまでの嘲笑を血塗られたような唇に刻んだ。 彼の肩には海の手に噛みついたカラスがとまっていた。 「最近ネズミがアジトに入り浸ってるのは耳にしてたけど、まさか、クロ様の元を訪れていたなんて……」 許せない。 お行き、クロウ？ アイレスの命令にクロウは羽ばたく。 カラスの姿から、目にも止まらぬ早さで仮面と黒マントを身につけた触手生物へ変貌すると、海に襲い掛かった……。